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苅谷教授の諦念

★日経新聞(2007年10月22日)教育欄で、苅谷剛彦東大教授が登場。中央教育審議会が進めている学習指導要領の改訂について感想を語っています。

★その内容は、「文科省が来年度予算の概算要求に盛り込んだ、3年間で教職員を約2万1千人増やす『教師の子供と向き合う時間の拡充(案)』に裏付けられた条件整備」への言及がされていることを今までにない提言で、「画期的」と評しながら、これ以上時間を増やしては、結局教師は忙しくなり、教師の子供と向き合う時間の確保など、現状では無理であるという諦念を語っているものです。

★「どんなに理想的な教育内容を掲げても、それを実行する学校や教師の負担能力以上のことを求めれば、教育は絵に描いた餅になる。それどころか、様々なひずみを生みだしてしまう」と言っています。

★たしかに「基礎・基本も、思考力や表現力の育成も、外国語活動もというのなら、それを無理なく行うための条件整備は不可欠だ」というのはよくわかります。

★しかし、条件整備は、物理的な学習時間や教師の数だけではありません。授業やテストのあり方も整備しなければなりません。しかし、この点に関しては、まったく議論されていません。というよりも、総合的な学習を軽視するところに現われているように、完全に従来型の授業やテストでよいと考えているし、それでよいと苅谷教授もあきらめているように感じるのは私の独りよがりでしょうか。

★もっとも、PISA型テストとしての全国学力テストは、従来のテストのあり方を現場レベルで変えていきます。公立中高一貫校の適性検査という名のPISA型テストも、従来のテストのあり方を変える起爆剤になるでしょう。教育行政の制度改革を促進するのは、結局PISA型テストというトロイの木馬ですね。[本間 勇人 Gate of Honma Note

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