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義務教育を問いなおすを問いなおす[01]

★藤田英典さんの著書「義務教育を問いなおす」(ちくま新書2005年8月)は、教育基本法改正前に出版された本であり、教育再生会議発足前に出版された本でもあります。その時点で、すでに日本の教育のベクトルを見定めている本ですから、藤田さんの見識を、きちんと整理しておく必要があると思います。

★おそらく独自の見解というよりも、日本の教育関係者の見識を代表してまとめられていると思います。藤田さんは教育社会学者ですから、現状の教育制度や潜在的カリキュラムを批判的に検討しています。日本の教育の問題点が浮き彫りにされるので、一方で教育改革というか教育改善に役に立つと思います。それで政財界、官僚にとって耳が痛い話もあるでしょうが、彼ら側に巻き込むには値する見識です。

★藤田さんご自身は巻き込まれようとは思っていないし、批判的思考でその難を逃れられると思っているでしょう。しかし、藤田さんの見解に傾倒する教育関係者、特に自称他称のお弟子さんたちは批判的思考にマスクがかけられるので、取り込まれる可能性があります。

★どこにマスクがかけられているかというと、「問いなおす」基準です。ここがあまりに大きな物語で、そこに住まうと感じなくなります。見えなくなります。居心地がよくなります。当たり前になります。コモンセンスになります。ハビトゥスになります。でも不思議なことに伝統といういう意識はないのです。トートーロジーですが、大きな物語がなくなったので、そういう場では「伝統」は成り立たないのです。意識下に隠れてしまいます。

★さて、「問いなおす」ための基準ですが、それは21世紀のビジョンを考え、それを基準にというわけではなさそうです。藤田さんは戦略的にあえてそこを明らかにしないのかもしれませんが、その基準は20世紀産業社会が必要とする教育のあり方そのものです。

★ですから「義務教育を問いなおす」→「義務教育を問い直す」→「義務教育を問い正す」という一連の流れの背景には、20世紀産業社会の理想型を参照して批判的思考がなされているのだと思います。そこを明確に意識して藤田さんの見解を読まなければ、さっきまで総合学習を批判していたのに、今度は総合学習の良いところをいったりして、何なのだろうということになります。

★東大の佐藤学さんは、自らポストモダニズム(若い社会学者のいうポストモダニズムに照らし合わすとまだまだモダニズムですが)への移行を表明し、そこを基準に教育改革の提案をされているわけですから、極めてわかりやすいのですが、藤田さんは世の中のシフトはあまり意に介していないというか、教育は変わらんんだろう基本はという現実的な思いから出発しているのかもしれません。理念社会学ではなく実用社会学だということでしょう。

★まっしかし、ここでポイントは、政治や経済では大きな物語はたしかになくなったのですが、どうやら教育の領域では、表向きは大きな物語は見えなくなっていますが、背景にはしっかり20世紀のパラダイムが目に見えない形で大きな物語として存在しているということでしょう。教育の改革の速度が、ほかの領域に比べ遅いのはそういうわけがあると思います。

★多くの私立学校の理念は、日本の官僚モダニズムとは一線を画しています。ポストモダンに対してもそうです。私立学校の理念を探究することが重要なのは、藤田さんや佐藤さんに代表される教育に対する基準が、私立学校は違うからなのです。理念はあらゆる選択判断の最終上位基準です。この基準が違えば、具体的な実践方法もおのずと違います。

★今やポストモダンの時代です。大きな物語はなくなった。だから教育についてそこから解放されて自由に現場で考えることができるということになっているのでしょうが、いやいやそれは違うのです。能書きはいらない、何をやるかだというのは権力発動の拠点です。日本人はこの言葉大好きですよね。難しい議論は時間の無駄だ、売ってこいという営業方法がいまだにあるでしょう。その原点は、難しいことはお上が考えてくれるから、指示どおりに動けばよいという教育の現場にあるのではないでしょうか。

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