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公立学校で私学のクオリティ教育を維持することはいかにして可能か?[01]

☆本ブログ「私立学校研究」は、私立学校でなければ教育はできないなんてことを標榜するブログではありません。私立中高一貫校のクオリティ教育とは何か、いかなる条件で成立するのかについて、私立学校の先生方といっしょに考えていくことによって、未来の人材育成の諸条件を明らかにしていきたいと思っているのです。

☆公立学校の教育が、このような私学のクオリティ教育をモデルにがんばってくれるのが何よりなのです。なぜかというと日本全体で、首都圏私立中高一貫校というクオリティ教育をゲットできるのは、同年齢人口の3%に過ぎないのですから、このままではクオリティ教育格差がついてしまうということなのです。

☆学力格差とか経済格差という量の格差は、実はクオリティ教育格差という質の格差があるわけですね。量から質という考え方もありますが、量は質が生むと考えた方がよいのではないかと最近は思っています。アダム・スミスの分業コンセプトとは、そういうことだったんですよね。

☆量といってもいろいろあるんですけどね。大量生産ということだけではありません。希少価値を生み出すという意味でも量です。要するに量とか質とかという考え方は曖昧だということでしょうか。それはともかく、私立学校と同質の教育を、公立学校で可能なのかどうか考えてみることは大事ですね。97%の中学校1年生(日本全体の私立中高一貫校を考慮に入れれば93%)が、公立に通うわけですから。

☆もしも公立学校にお任せ、まる投げでいこうとするなら、うまくいかないでしょう。しかし、これは私立学校においてもそうです。というのは、結局うまくいくかいかないかは、本人のやる気しだいだからです。ただ私立学校のクオリティ教育は、この本人のモチベーションに火を付けるコミュニケーションの質が高いんですね。

☆ですから、公立学校は、子ども自身あるいは保護者が、任せるのではなく、活用することによって、私立学校のクオリティ教育を補完する術を考える必要があります。「公立学校活用術」をみんなで考えていくことが重要ですね。公立学校の教育の質を向上させる教育再生や教育改革なんてことを考えても、自分の子どもにはすぐによい影響があるわけではないのです。

☆むしろより良い環境の公立学校の選択を考えたり、通っている公立学校の質を評価し、不足している部分をどう自衛するかという「公立学校活用術」を考えた方が得策です。これはある意味市場の原理の導入です。市場の原理というと「競争」というのが前面にでてきますが、「競争」が成り立つ条件について議論されることがあまりに少なすぎます。

☆子どもたちや保護者が、自分の学校の質を評価し、使えるところは使うという行為が合理的経済行為です。私立学校のクオリティ教育との格差を、私学に通わせることで補完するか、それができなければ、別の方法で、つまり「公立学校活用術」で補えばよいのです。

☆教育は学校の教師が与えるものではありません。教育は自ら陶冶する行為です。自分の学力や教養がうまく身に付かないのは、教師や学校がダメだからだというのでは、あまりに無責任です。しかし、自己責任だというつもりはありません。税金制度がある以上、その制度設計のチェックは重要です。その結果欠陥があれば、責任追及は当然です。しかし、それは道義上の問題ではなく、あくまでも法律的に解決したいものです。リーガルマインドで接するのは、保護者の権利であり義務ですね。

☆それはともあれ、学校はあくまでもサポートだと決断するところから「公立学校活用術」を考えていきたいと思います。

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