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徳育教科化問題の危うさ

時事通信(12月14日1時0分配信)によると

政府の教育再生会議(野依良治座長)が13日首相官邸で開かれ、今月中にまとめる3次報告の素案を議論。・・・「徳育の教科化」を改めて3次報告に入れることで委員の意見は一致したが、実際の教科化には学習指導要領の改定が必要。出席者らによると、会合に出席した福田康夫首相は賛意を示さず、渡海紀三朗文部科学相は実現困難との考えを示したという。・・・渡辺美樹委員(ワタミ社長)は記者団に「再生会議って何なのか。みんな賛成している徳育さえ教科にならない。次は出るのをやめようかと考えている」と不満を漏らした。

産経新聞(12月14日8時0分配信)によると

町村信孝官房長官は13日夜、首相官邸で開かれた政府の教育再生会議に出席し、再生会議が月内にまとめる第3次報告で提言予定の「徳育の教科化」について、「(教科化は)安心してほしい。(文部科学省に)必ずやらせる」と述べ、教科化実現に積極的に取り組む考えを表明した。

★徳育教科化以前に、教育再生会議のメンバーの意識にたいへんな勘違いがあります。教育再生会議で決めたことが、そのまま実現しないからといって、不満を抱くというのはおかしいですね。民主主義としての理屈からいえばそれは間違いなのです。もっとも、このへんがわからない再生会議のメンバーは少数派でしょう。そういうメンバーに批判的精神をもって記事を書くのが新聞の魂だと思いますが、今日ではそうではないようですね。だとしたら、偏った意見のみを事実として載せるのはフェアーではないでしょう。

★さて、徳育教科化についてですが、哲学者カントは「永遠平和のために」という書の中でこういっています。

道徳は、無条件で命令する諸法則の総体であり、われわれはその諸法則にしたがって行為すべきなのであるから、道徳はすでにそれ自体として、客観的な意味における実践である。・・・したがって、実地の法学である政治と、理論的な法学である道徳との間には、いかなる争もありえない。もっとも、道徳を一般的な怜悧な教え、つまり利益をあれこれ打算する意図にもっとも役立つような手段を選ぶ格率についての理論と考えるなら、話は別である・・・。

★無条件で命令する諸法則の総体としての道徳と現実の政治が一致するというのなら、徳育教科化はすばらしいことです。がしかし、当時カントがわざわざこんな書き方をしたのは、哲学なんて空論で政治には役に立たないという風潮があったからですが、今その風潮がないなんてことはありません。したがって、カントが言う意味での道徳を政治家が求めているわけではないでしょう。町村さんはどうでしょうか。実際に聞いていないのでわかりませんが、どちらかというと利益をあれこれ打算する意図に役立つ道徳ではないでしょうか。

★カントは「永遠平和のために」の中で、平和は国際法や国際市民法でなんとかなるわけではない、道徳には基づかない商業精神、つまり金の力(die Geldmacht)で担保できるのだ。そういう世の中だと当時語っているのですが、今も基本構造は同じではないでしょうか。

★だとするならば、金の力を支える道徳は、道徳ではない打算的にあれこれ怜悧な判断をする道徳なのですね。わかりにくい表現でした。はっきり言うと、仮面の道徳なわけです。

★しかしながら、仮面の道徳は、金の力で平和を勝ち取るわけですから、いいじゃないか、まさに平和憲法日本が今現在やっていることではないか、それがほころびかけているから、仮面の道徳を教科化しようということになりそうですね。

★皮肉にも平和憲法を支えるのは仮面の道徳であり、それが支えるのは金の力です。商業精神、経済力で平和を。これが町村官房長官の考えなのかもしれません。一方安倍政権の本質的継承の流れにある福田総理は、仮面の道徳を顧みず、かといってカントの言う意味での道徳も無視しているわけですが、これは平和憲法の支えをなくすことにつながります。

★金の力で平和をもたらすべきか、暴力で平和をもたらすべきか・・・。どちらも危ういですね。知恵で平和をもたらしたほうがよいのではないでしょうか。つまり哲学ですね。この文脈がカントの本意でしょう。カントはなかなか戦略的で老獪な哲学者だったということになるでしょうか。 本間 勇人 Gate of Honma Note

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