学び野[06] フィンランド・メソッドの論理力としての媒介性
☆フィンランド・メソッドの論理力も、体験→媒介項→経験値という学びのプロセスの媒介性の特徴をはげしく持っています。
☆北川達夫さんによれば、論理の回路を頭の中につくること、結果よりプロセスを重視する授業がフィンランド・メソッドだそうです。結果よりプロセス。まさに媒介性重視ですね。北川さんの説明する論理の回路とは、
①意見
②なぜなら(理由1)
③それに(理由2)
④また(理由3)
☆ということのようです。フィンランドの小学校では、物語を読むときにも、因果関係を考えるとも説明されています。
☆たしかに論理力やプロセスを重視することは大事だし、媒介性としても大切な役割を果たすと思います。
☆しかし、大事なことは理由とは何か、因果関係って何かということなんですね。理由や因果関係といえば、「~だから」とか「~なので、~である」という表現を思い浮かべるのではないでしょうか。そしてそれ以上でも以下でもない。
☆これでは、思考のプロセスは画一化されるし、体験<経験値ではなく、体験>経験値になってしまいます。北川さんの論理の説明はあくまで典型例であって、フィンランド・メソッドすべての事例を書いているわけではないと思います。
☆フィンランド・メソッドは、ベースに古いヨーロッパの考え方があります。特にソ連とナチとの関係で揺さぶられた歴史があるので、油断すると古いヨーロッパから発出するファシズムの恐怖を知っています。カントやヒューム、スピノザの思考をベースに持っているので、日常生活における因果関係の不確実性を了解しているし、数学的には意見と理由はトートロジーであることも知っています。
☆論理では人間の情感をおさえることはできません。そこにはやはり理性というエチカがポイントになります。つまりこの部分のベースなき論理の媒介性は、体験>経験値をつくりだしてしまいます。
☆企業と学校のコラボによる学習プログラム作りと実践が定着しつつありますが、学校が公立の場合は、この体験>経験値の流れに拍車がかかります。○○工場見学なんてプログラムが危険なのはそういうわけです。学校が私立学校の場合、教育理念にこだわりますから、体験<経験値となることが多いでしょうが、私立学校もパッケージプログラムでいいやあと判断するときがあります。そのとき危険性が忍び込みますね。
☆企業主導のプログラムを導入している学校の未来は絶望です。これは回避したいですね。方法論だけ学びに持ち込むことの危険性。グローバリゼーションの危険性。それを知ったうえで、論理の媒介性を学びに活用する知性が教養です。リベラルアーツが求められているのには、そういうワケがあったのです。
☆かつてHondaさんとHonda「発見・体験学習」プログラムの構想と実行を手がけたとき、Hondaと学校の懸け橋になったスーパーバイザー(SV)とラーニングアドバイザー(LA)のサポートチームのメンバーはICU出身者と慶応SFC出身者が多かったんですね。また、麻布やミッションスクールなど私立中高一貫校出身の学生も多かったわけです。よく議論したものです。このサポートチームそのものが媒介項だったのです。リーダーシップよりフォロワーシップの心意気が心地よく、そういう出会いのチャンスがあったことに感謝しています。
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