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08 東大合格発表の季節[02]

☆今日13日は東大の後期試験。定員は昨年までは330人でしたが、今年からは100人ですね。後期試験は、前期試験と比較すると、論文形式の問題が多く、思考力・表現力を重視しているように見えます。論理だけではなく想像力や発想力などのタレントを見出したいという目的があったはずです。

☆最初のころは、おそらく機能していたのでしょうが、実際には知識の偏りを想像力でカバーしてしまう学生が多く、入学してからついていくのにたいへんだとか、中退してしまうとか、そんな現象が多くなったからではないかと予想します。

☆また、塾・予備校で論文のテクニカルな対策が確立し、当局の意図よりもいかにスキルでスコアをかせぐかということが重視されるようになったので、当初の目的が果たせなくなったというのも、このご時世ですから、容易に察しがつきます。

☆しかし、実際には、書くという行為は必ずしも想像力や発想力を必要としないわけです。わかりやすい例を挙げれば、文章の要約は論理的な思考力だけでよいわけですね。東大の後期試験も、実は論理的思考力に少しだけ批判的思考力をプラスすればよいだけの問題になってきたわけです。いやはじめからそうだったのですが、塾予備校の方で対策が安定していなかったので、試験当日の問題よりもその準備の方が批判的思考や創造的思考を使う楽しい思考訓練ができていたわけです。それでおもしろい人材が入っていった。いや本当はそういう人材は入れなかったかもしれませんが、当初、塾や予備校の後期試験に対するポジティブなイメージはそのように作られていたことでしょう。

☆ところが、対策が安定してくると、塾・予備校の宣伝は、後期試験の対策は簡単だとなるでしょう。マニュアルとテクニックの腕の見せどころですが、本当にそれだけで入学する学生が増えると、東大当局は、それだったら前期で十分ではないか。むしろ論的思考力を問うということがはっきりしていて、採点も安定している前期試験の方が、入学してくる学生の思考のレベルを測りやすいということになります。

☆複数試験をしなければいけないので、じゃあ100人に限定しようと・・・。東大生の中には、特に私立中高一貫校出身者は、6年間の教育において、公立高校から見ればムダとしか見えない、教養教育を体験してきているので、批判的思考力や創造的思考力など、今流の言葉で呼べば「地アタマ力」を持っている学生が多数存在しているでしょう。

☆しかし、その力があるかどうかは、残念ながら東大の入試問題では測定できないのです。逆に言えば東大の入試問題しか解けない思考力だと、「地アタマ力」はなくてもなんとかなるということですね。

☆サンデー毎日(08・03・23号)でも、「世界の中の東大」という存在感はまだないが、これからは東大も果敢に挑戦していくという記事が掲載されています。今のところは優秀な頭脳は欧米の大学で学ぶと・・・。

☆この「優秀な頭脳」とはおそらく論理的思考力だけではだめなのでしょうね。日本の教育は、まずは知識→論理→発想っというリニアなカリキュラム進行です。そしていつも時間がなくて、発想までたどり着かずに、授業や学期が終了!ということになります。

☆この「まずは基礎基本」というのが、なぜか知識の「記憶量」に結びついてしまうんですね。知識の記憶「過程」や知識の活用「過程」の「過程」が基礎基本だということにならないのです。

☆「世界の中の東大」もよいのですけれど、一学年3000人程度しか入れないわけで、そこだけグローバルな知性でよいわけではないでしょう。

☆麻布の東大の合格者数は、今年は後期も合わせると70人ちょっと超えるぐらいになるのでしょうか。昨年は97人でしたから、結果は下がるのですが、学園当局は、70人から100人の間(本当は卒業生の20%の60人でよいのでしょう。経営的には「80対20の法則」でよいわけですからね^^♪)で、東大に入ってくれればそれでよいと思っているでしょうね。グローバルな知性(麻布の場合のグローバルというのは共時性だけでなく通時性の意味もあるので、一筋縄ではいきません)は、すでに麻布時代に育ちますから、あとはもっと広い世界で探究を続けてくれればそれでよいのです。

☆世界で生きていく時に、東大出身というのは、国家単位のネットワークでしか通用しないでしょうから。しかし、言うまでもなく、グローバリゼーションは、個人単位、学校単位、地域単位、研究者単位、企業単位、NPO単位、国家単位・・・と複層構造になっています。

☆そして大事なことは、日本に居続けても、世界で生きていることに変わりはないということです。世界経済は私たち個人の消費経済に常に大きく影響を与えています。今ではそれが日常茶飯事です。地球に裸足で立って生きているという実感、畏怖と興奮と勇気と知恵をフルに使わないと生きていけない近代的野性時代のあり方が形成され始めているということです。誰もが知の錬金術師で狩猟家、耕作者であり、芸術家で科学者である時代ですね。そうならなければ、生きていけない・・・ある意味ぞっとしますが・・・。

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