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学び野[31]なぜ松田先生の授業がターニングポイントなのか③

☆松田先生の授業について、今回は少し違う側面から考えてみたいと思います。限られた授業の中にジグゾー法という対話型(今回のプログラムにはディスカッションまではなかったですが、それも当然活用されます)のプログラムを入れると、通常の講義型の授業にはないロールプレイをする目が必要になります。

☆それは、松田先生がスーパーバイザーだとすると、ほかにアドバイザーが必要になります。各チームで対話が生まれているわけですが、同じレベル、同じ速度、同じ質疑の内容が行われているわけではありません。

☆スーパーバイザーだけでは、チームの状態の違いを把握しにくいので、アドバイザーがチーム活動の時間管理をしたり、様子をスーパーバイザーに連絡するシステムが必要になります。

☆そして、もう一つのアドバイザーが大きなポイントですが、それは授業の参加メンバーには見えない隠れた存在です。松田先生の授業は限られた時間で変幻自在に展開しますから、一冊のテキストを渡して、それで授業すること自体、展開を停滞させます。事前に準備万端整えたプリント類がものをいうわけです。しかし、それは膨大にあるし、使う予定のものが使われなかったり、使う予定にはいってなかったものを使うことになったりするのです。

☆このプロデューサーのロールプレイをするアドバイザーがいなければ、一般にはこのような授業はうまく実行できません。このバックヤードの存在こそ、20%:80%の論理なのです。要するに20%は「出来るヤツ」です。80%はそのマネジメントに従って、与えられた役割をこなせばよいわけですが、20%の「出来るヤツ」は、あらゆる事態を想定し、臨機応変に対応できる戦略的リーダーでなければなりません。

☆松田先生が、ご自分の学校で授業をやるときは、おそらくこの3者のロールプレイを、自分1人でやってのけるのでしょう。だから、他の先生が真似しにくいわけです。また、松田先生も精魂尽きるまで授業にかかわるということになります。

☆公立学校で、本物の総合学習ができにくかったのは、教師1人の能力によるということもあるのですが、体制の問題も大きかったのですね。フィンランドでこのような授業ができるのは、やはり少人数授業ができるということにポイントがあるのかもしれません。

☆ともあれ、今回はそのプロデューサー的ロールプレーをなんなく遂行できた、つまり松田先生と阿吽の呼吸で動けた「出来るヤツ」が、開催校中村中学校にいらしたのですね。それはS先生なんです。劇場にたとえて言うと、中村中の授業やイベント、今回のような催しものは、舞台です。その舞台で俳優たちが見事に演じきれるには、音響やライト、メイク、衣装、小道具、集客、広報などなどトータルプロデュースが「出来るヤツ」が必要です。この「出来るヤツ」こそS先生です。中村中がパワフルなのは、S先生のような教員がたくさんいるということでもありますね。

関連記事)→The 授業リンク -松田先生の授業④-(岡部憲治さんのサイト)

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