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私学の経済ポジショニング[14] 私学の経営戦略①

☆私学も企業同様、自らの力で経営している。ただ、企業は利潤を生むし、商品の販売量を増やしていくため、売上や利益率の向上を常にチェックしている。一方、言うまでもないが、学校法人が売り上げを上げるとか、利益率をあげるとかというようなことはあまり聞いたことがない。

☆したがって、同じ経営と言っても、見た目はずいぶん違う。見た目だけではなく、本当に差異がある。しかし、差異があるということは、共通点もある。この両者の整理を誰かがしてくれると助かるのだが・・・。というのも、日本経済が世界の経済に影響を与えている以上、世界の人々の幸せの最適化を考えるのは当然で、そのためには日本の企業が活躍しなければならないし、その企業に人材を送るのは教育機関。その機関の中で重要な位置を占めているのは私立中高一貫校という私学である。

☆だがしかし、こういうシンプルなつながりを意識して、企業側は私学を見ないし、私学側も企業を見ない。企業側の立ち位置で、保護者が私学を見れば、公立学校よりは私学の理屈がわかるかもしれないが、企業と私学の差異は見えにくい。じゃあ、私学側に立てばどうだろうということになるが、私学側の立ち位置に立てる保護者がいるのだろうか?保護者自身が私学出身の場合は、立てる可能性があるが、それは公立と私立の卒業生数の数の論理でいけば、あまりに少数派である。

☆公立側の立ち位置から見ても、実は私学の経営はよくわからない。むしろ混乱するかもしれない。ルサンチマンや嫉妬が生まれるかもしれない。どうやら、私学側は、私学経営の正当性・信頼性・妥当性を、自ら証明しなければならない時がきたようだ。

☆自ら証明するのは今までも変わらないし、これからもそうであるから、今というタイミングを重視する理由がわからないといわれるかもしれない。それは20世紀末から21世紀の今にかけて、企業観や事業観が転換する時期であることは周知の事実だと思うが、この転換のロールモデルの一つが私学の経営のあり方である可能性があるからである。

☆私立学校は、20世紀末の私学危機を、企業の経営手法をモデルに乗り越えようとしてきた可能性がある。外部コンサルタントの研修プログラムなどは、企業研修そのままを横流ししたものばかりである。私学と企業の経営には共通点もあるから、役立つ部分も多かった。

☆しかし、研修を受けて、何かが違うと疑問を抱く教員も多い。ここに大きなヒントがある。何かが違うという点こそ、私学と企業の経営の差異だからである。コンサルタントの持ち込む研修プログラムは、ほとんどがアメリカのビジネス研修。アメリカの企業は100年以上続くなんてだれも思っていない。ところが日本の会社で100年以上続いている企業は多いのだ。

☆私学と似ている企業経営の手法は、日本の老舗企業なのかもしれない。少なくとも利益を上げて、すぐに他の企業に売ってしまうアメリカの企業観をベースにする研修プログラムは私学人にとっては違和感が大きいはずである。

☆米国型企業経営観がよいのか、日本型企業経営観がよいのか、私学型経営観がよいのか、最終的には市場の原理で決まるのかもしれないが、この市場でさえ、利益主導市場なのか、倫理的市場なのか差異がある。もし、倫理的市場を選択したいのなら、私学型経営観を見直す必要がある。現状の利益主導市場から倫理的市場へのシフトはいかにして可能なのか。それはマスのレベルを変えることである。知識重視のマスから教養重視のマスへということである。今、私学型経営観を見直す意義はここにある。

☆しばらく三品和広氏の「経営戦略を問いなおす」(ちくま新書2006年)を足がかりに考えていきたい。

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