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09年中学入試に向けて[104] 私学人の覚悟[01] 共立女子 渡辺教頭

☆久々に共立女子の渡辺教頭盟友岡部氏と3人で、仕事を忘れて、あっち飛びこっち飛び、つれづれにいろんな話をした。

☆新しいプログラムの行方だとか、データを活用した授業のあり方とか、欧米と日本の文化の違いについてとか、互いの近況報告とか・・・。

☆特に言語論については、渡辺教頭は関係主義的ソクラテスの問答の読み換えをベースに話されていたし、岡部氏は対話の背景文脈の分析をエスノメソドロジー的社会学手法で語っていたし、私は相変わらずハーバーマス―ルーマンの枠組みを越えられかどうかはわからないが、クオリティ・コミュニケーションの線で話していた。

☆岡部氏が、「言葉とか対話というのは、すべての教科や教育活動の思考のきっかけだから、思考のレベルや思考の視点は、言葉や対話の分析を生徒が自分でできるようにならないと」と話していたとき、渡辺教頭がこう語った。

「ポストモダンだろうがファンド資本主義だろうか、クリエイティブクラスだろうが、なんとか未来や時代をとらえようとしているのだろうけれど、実際には解なき社会がやってくる、いやいつも社会とはそうだったけれどね、とにかくその衝撃を子どもたちが実感できる教育が必要だ。その中でサバイバルできる言葉や思考を身につけるというシンプルな理屈しか私学にはないのではないか。

生き続ける先に死があるという根源的な人間の問題は厳しいかもしれないけれど、そこから目をそらしちゃいけないし、逃げちゃいけない。厳しい現実とはたしかにお金の問題や受験の問題もあるけれど、それは人間の根源的問題に蓋をする問題になる恐れがある。教育とは人間の根源的問題を生徒とともに考えて、厳しさから幸せをどう創りだすかというシンプルな永遠の課題に取り組むことだと思うなぁ」

☆プロジェクト型プログラムや起業家プログラムやキャリア・デザイン・・・。すべて大事だが、どれも人間の根源的問題に通じるように設計されていないとねということだ。やっぱり私学人の覚悟というのは違うな。久々に生の≪私学の系譜≫に出会ったと感じ入った。

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