09年中学入試に向けて[95] 桜蔭 無色のエリート養成所
☆本日(2008年11月17日)桜蔭は学校説明会を開催。説明会場の講堂は、500人は収容できるだろうか。言うまでもなく満席だった。
☆それにしても、JGや共立女子、鴎友学園女子、洗足学園、東京女子学園、八雲学園、白梅学園清修のような女子校に比べ、一切世界の痛みも、世界の向かうビジョンも語らない説明会で驚いた。
☆高い知性とすぐれた人格をすでに持った在校生が集まる学校!その力を友人と家庭が6年間支えることによって、卒業後OGはすぐれたエリートとして活躍できる学校!改めてそう感じ入った。
☆桜蔭当局は、何も示さないでよいのである。シンプルで透明な教育言説で語りつくす無色の理念を設定していれば、在校生たちとOGの力が集積して、卓越した教育場ができあがる。
☆学校は、医者や法曹、学者などが輩出する環境というシステム。それは無駄のない実にシンプルなシステムなのだが、それだけやっていればよいのである。桜蔭としての教育システムと現実の生徒同士のコミュニケーションの温度差は、教員は感じない。なぜなら、生徒が賢くも、温度差を感じさせないで、自由に勉強し、主体的に進路を選択するのであるから。教師もそれでよしと公言しているし。
☆それにしても、シンプルだ。膳校長は、ひたすら桜蔭の生徒はのびのびと明るい子ばかりであると、丁寧な言説というか、丁寧すぎるというか・・・、ともかく何度も語っていた。
☆中高の6年間は、人生の中核ができる大切な時期である。この時期に脳という臓器を使えば使うほどいいんだと、その丁寧過ぎる口調で、ちらりと言ったところに本音があったのだと思う。
☆同じ価値観をもった友情が芽生えることは大切であり、友達の存在は得がたいとも。でも待てよ。同じ価値観で喜んでいるのは、本当はおかしい。ここにも本音が潜んでいる。
☆桜蔭の生徒は、クラブ活動や文化祭、なんにでも果敢に主体的に明るくのびのびと挑戦するのだという語りにも、疑問は残る。ピアプレッシャーなど感じる生徒はいないのか。いないのだろうなぁ・・・。
☆中1は5クラス(48人/1クラス)あるが、膳校長は、すべてのクラスの道徳の授業を担当しているのだが、入学当初、授業の中で、生徒たちは、「桜蔭という学校のイメージは、勉強ばかりでついていけるのか不安だったし、間違ったことを言ったら馬鹿にされるのではないかと怖かった。」と語るという。
☆「それで、よくそんな不安がいっぱいで怖い学校に入ろうとしたのね?と問うと、みんな笑うんですよ」と膳校長が言うや、会場からはドッと笑い声が広まった。なるほど同じ価値観の持ち主が集っているわけだ。
☆エリートにはエリートの悩みがあるようだ。しかし、それは世界の痛みに支えられた悩みである。世界の痛みに悩むのではあるまい。もちろん、そんなことは一言も言っていない。そんな疑問をはさむ余地はない。のびのびとした明るいエリートは、エリート間の悩みを解決することが大事である。日本社会をリードするエリートは、世界の痛みという宗教的あるいは倫理的な灰色の色彩を塗られることはない。憲法上あってはならないのだ。
☆とは言え、かつてOGの中に「蟻の町のマリア北原玲子」がいたことも確かである。しかし、そんな話は説明会では語られない。無色のエリート輩出という教育システム。色をつけるのは生徒自身であるというシンプルな教育。
☆社会の大きな枠組みを見定め、未来を生きる生徒はJGを選び、枠組みの中で富裕層のポジショニングをゲットする未来を生きる生徒は桜蔭を選び、どのような枠組みの社会であれ、人間の普遍的痛みを引き受けながら、理不尽な世の中をたくましくもサバイバルしていく道を歩む生徒は雙葉を選ぶのだろうか。
☆そんなのは跡づけでしょうとクールにいう人もいるかもしれないが、その価値観は桜蔭的価値観ではないだろうか^^;
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