« 09年中学入試に向けて[111] 白梅学園清修 教育学会入り ♪ | トップページ | 09年中学入試に向けて[113] 白梅学園清修の根っこ »

09年中学入試に向けて[112] 開成 私学人 生田先生の授業

☆開成学園の生田清人先生は、駒澤大学や早稲田大学でも活躍している。学びの最近接領域で有名なヴィゴツキー研究の第一人者柴田義松先生とも共同研究をしている。

☆今回4冊目の「地理と歴史の授業研究」という冊子を編集。駒澤大学で教育を学ぶ学生の授業計画の中で秀逸なるものを集めている。

☆この授業計画は、実によく練られている。開成で、生田先生が授業をやるときのメソッドを、未来の教員のためにシステム化しているということがよくわかる。生田先生ご自身の授業そのものを若き教員がすぐにできるわけではないが、ある水準をいきなり超えることができるという戦略だと思う。授業計画の脱技能化を図っているのだと思う。

☆そういう意味では、生田先生の開成での授業というものがいかなるものであるか推測できる貴重な資料である。

☆知識の体系はかなり広く深くカバーしている授業が展開されているのがわかる。しかし、それはすべて教師が用意したものをどんどん与えて暗記させるというものではない。広く深く考えようとする意欲を生む、生田先生の言葉でいえば「ゆさぶる」仕掛けが重要なのである。

☆言語対象と言語内容の教科書的な関係を覚えるのではなく、それを広げ深めていく意識作用を構築するのがねらいの授業計画である。この言語対象と言語内容の対応こそ知識なのであり、これはある通説をまずは認識するところからはじまるが、その通説を補ったり、あるときは覆したりするのは、意識作用という思考作用が複眼的なものでなければならない。

☆そしてこの意識作用こそ個性的な視点が生かされる部分だ。もちろん独りよがりでは困る。その個性的な意識作用がパブリックに通用するかどうか、その問答こそが教師の授業の腕の見せ所である。

☆パブリックに通用する個性的な考え方を生徒とともに作り上げていくのが「ゆさぶる」授業なのだろう。そのための仕掛けは、教科書を読むだけでは当然仕掛けにならない。えっ!あっ!と思わせるような資料の準備、つまりレディネスが欠かせない。違いがわかる視点が生まれてくる素材や道具を用意するということだ。

☆そして、その素材や道具に対して、どのタイミングで生徒はどう反応するか、イマジネーションをふくらませる作業が計画作りの中で必要になってくる。ふだんからコミュニケーションをだいじにしていなければこのような構想力は鍛えられない。よくコミュニケーションが大事だといわれるが、授業のある点でのやりとりだけではコミュニケーションとは言えないのだ。言葉が投げられるや、そこにどういう反応が広がるのか、常に予想し軌道修正ながら授業は進んでいく。

☆もし準備が足りなければ予想がはずれたとき、軌道修正できないのである。もっとも多くの学校の授業は、生徒の反応を予想しようとしない。与えるべき知識を用意し、覚えなさいで済むからだ。

☆そんなバカな!と思うかもしれないが、周りを見渡してみると、知識を疑わず、押しつけてくる人間のなんと多いことか。心優しくコミュニケーションしているつもりでも、要するに「覚えろ」「やればいいんだ」と要求しているものがあまりに多い。

☆授業と日常のコミュニケーションンは連動している。日常のコミュニケーションスタイルが授業や講義にも同じようにあてはまる。抑圧的なコミュニケーションをしている教師の授業は、やはり同じように押し付け型である。問答法の巧みな授業をする教師は、日常生活においても創造的なコミュニケーションをする。

☆生田先生がこのような冊子を学生とともにまとめていくのにはわけがある。未来の教師にこう問いかけるのだ。

「授業を創る」ということは、授業計画・デザインして学習指導案にまとめ、それに沿って教材プリントを創るだけでなく、授業前の生徒のようすを観察することや授業後の単元テストなどの評価を含めて考えないと、授業が生徒をどのように学ばせたのかの評価・検証ができないのではないか

☆そして、生田先生はご自身の思いを次のように語っている。

教師と生徒がぶつかる瞬間の「読み解き」のレベルから「授業を創る」ことをとらえ直して、授業とは何か、よい授業とはどのようなものか、授業創りを後に続く教師や学生にどのように伝えていくか、しっかりと考えて、わかりやすい形で表現していきたいと思います。

☆開成の授業は門外不出である。おそらく取材はできないだろう。というのはその時間は生徒と教師の真剣勝負の瞬間だからだ。しかし、生田先生の大学での指導から想像はできる。それに開成の中学入試問題を見れば、その授業で展開されるおもしろい視点をイメージできる。一般に語られるのとは違い、各教科の授業の中で広く深い横断的な知と複眼思考が内生的に展開している。

☆ところで、東大の入試問題というのは、なかなかよくできていて知の構造を見破り組み立てたる論理的な思考が重要。東大に入ってからは3分の2は、その思考ベースで官僚や大企業に就職する。しかし3分の1はさらにクリエイティブな思考を開花していくことになる。しかしながら、開成は、中学入試時点で、すでに知の構造を見破り組み立てたる論理的な思考以上の創造的思考も要求しているのかもしれない。そして入学後の授業は、それが一層強化される。そこまでやるからあれだけの安定した東大合格実績がでるのかもしれない。

☆たしかに開成に合格する生徒は、ただ入試問題が解けるだけではないなぁ。それだけなら差がつかない。勉強は嫌いだけれど知は大好きという生徒がいるからなぁ。だから授業も入試問題の解き方授業をやっているようではダメなんだなぁ。知識の体系の構造がわかる授業ではなければ、知識の体系自身が条件によって変容するメカニズムを見抜く眼が必要だ。簡単にいえば、考える力なんだけれど、その考える力の見える化ができる教師の存在がポイントだ。

☆生田先生の授業創りの指導のポイントは、どこまでも生徒一人ひとりの思考の足跡に伴走する方法論。まさに最近接領域での指導の重要性が解明されている。

|

« 09年中学入試に向けて[111] 白梅学園清修 教育学会入り ♪ | トップページ | 09年中学入試に向けて[113] 白梅学園清修の根っこ »

文化・芸術」カテゴリの記事