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時代が求める学校[05] 東京女子学園と与謝野晶子

☆年末東京女子学園の資料室を訪れた。創設者代表棚橋一郎先生の創設当時の文章を拝見して改めて驚いた。文言こそ違うが、その精神において、まるで現理事長・校長實吉先生が、語っているかのようだ。

☆それにしても私学の歴史とその当時の文部行政がそのまま残っている資料室で、大変貴重な空間である。

☆初代校長棚橋絢子先生はずっと歌を詠んでいたが、その理由もわかった。与謝野晶子と親交があったのである。だがしかし、この交流は極めて重要で、現代的なデキゴトであった。

☆というのも、与謝野晶子といえば、「みだれ髪」と「源氏物語の現代語訳」というのはすぐに思いつくが、自然主義が台頭し、浪漫主義が衰退するや、今度は社会評論と教育に尽力するようになったというのは、意外と知られていないのではないだろうか

☆特に女子教育に関しては、晶子自身のダイナミックな人生をベースに語っていて、スサマジイ。晶子は矢島楫子、下田歌子といった自分と同じような波乱万丈とも言える女子教育の私学人とも交流しているのだが、そこに棚橋絢子もいたのである。

☆この女傑の方々が、当時どんなことを考えていたのか。いずれにしても、現代のハワード・ガードナーが語っているTrusteeshipを大いに発揮していたことは事実である。おそらく与謝野晶子が、創設にかかわった文化学院の歴史と何か精神的にシンクロしているに違いない。

☆与謝野晶子の「女子の独立自営」(青空文庫に全文が載っている)から、一節をご紹介しよう。

近頃女子の職能を制限して結婚する事と子を生みかつ養育する事とのみにあると力説する人がありますけれど、現代の根本精神の一つである「自由討究」を重んずる私どもの心には「何故(なにゆえ)に」と叫ばざるを得ません。論ずる人の考では欧米の婦人の一部に種種の事情から結婚を厭(いと)う風のあるのを見て日本婦人を戒めるつもりでしょうが、それは白昼に幽霊の出るのを恐れるのと一般全く無用な心配です。何故(なぜ)なれば日本婦人は皆結婚を希望しております。結婚を嫌う風は少しも発生していないのです。そのくせ婚期に達した婦人の三分の二までも未婚婦人であるというのは、男子側が無財産であるために妻を迎えがたいからではありませんか。結婚数の減少は毫(ごう)も女子の罪ではなく、その責任は男子側にあって、これを婦人問題として議する前に宜しく男子問題として男子側の意気地(いくじ)なさを咎(とが)むべき事でしょう。女子に良人を養うだけの財産があるのでなく、男子ほどの報酬を得(う)る職業を授けられているのでなく、その上自由に配偶者を選択する事も許されていない今日、結婚数の減少は当然その理由を男子側の経済問題に帰せねばなりません。女子に教育を授けた結果だなどというのは甚だ方角ちがいの解釈です。

☆この筆の力はすごいし、今でも通用する論理と思想。少子高齢化問題は、すでに明治以降の産業社会特有の問題であるということがよくわかる。つまりどんなに手を変え品を変え政策を画策しても、≪官学の系譜≫という枠組みの中では、この問題は解決しない。枠組み自体のチェンジを模索しなければということになる。≪私学の系譜≫が求められるユエンがそこにある。

☆東京女子学園の棚橋絢子初代校長も、与謝野晶子と同じ思いであったに違いない。女流私学人のコラボレーションのスサマジイ思想は、今もそしてこれからも(出来未来)重要なキーであることを誰も否定できないだろう。

☆ところで、辰巳教頭のパワフルな教育活動は、1つの大事な個性だと思っていたが、実は棚橋絢子=与謝野晶子という女流私学人の系譜だったのかと改めて感動してしまった。

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