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09年首都圏中学入試[89] 今年のサンデーショックの時代精神②

☆前回「苅谷さんは、見事に私学市場の話を持ち出し、次の瞬間ひっこめている箇所がある。やはり時代の精神を感じている。」と書いたが、たしかに苅谷剛彦さんは、アイロニーのつもりなのかどうかわからないが、時代の精神を感じていながら、歯切れが悪い、はっきり語っていないところがあるのだ。

☆それは、

丸山眞男や大塚久雄の時代から現在に至るまで、日本の知識人は、「自由を謳歌する社会をつくり出しすは、まずは個人が自立しなくてはいけない。日本にはまだ自立した個人が育っていない」と言い続けてきました。この「まだ自立していない」というイデオロギーが悪い方に働くと、新自由主義につながってしまう。とくに、90年代以降は、今回の派遣社員切り捨てなどに象徴されるように、「自立しているのだから、自分で職を守るべきだ」といった冷徹な「自己責任」のイデオロギーと共存してしまったんですね。そしてそれこそイデオロギー耐性の弱い人たちは振り回されてきた。これは、「学力低下」とも通底する非常に深刻な問題です。 ただ、最近は、大不況の到来によって「市場原理」や「自己責任」といったイデオロギーが力を弱めています。潮目は変わったのかもしれない。(「教育政策のタブー総まくり お金と学力、その残酷な関係の行方」 内田樹との対談から「中央公論2009年3月号」所収)

☆読みようによっては、丸山眞男や大塚久雄が個人主義や新自由主義のイデオロギーを作ったともとれるが、まさか苅谷さんは大先輩の二人に反論を挑めるほどの政治学的・社会学的思想は有していない。じゃあ何に対する牽制なのだろうか。

☆それは私立学校に対してである。教育格差のおおもとは公立学校に対し私立学校だということだろう。私立学校は階層化日本と教育危機をもたらす装置だというのが苅谷さんの教育社会学的結論だろうだから。

☆なぜ丸山眞男と大塚久雄が私立学校と重ねられるのか?それは両者とも南原繁の門下生だからである。丸山はキリスト教的には関係ないが、福沢諭吉の研究者である。福沢諭吉の思想に日本の未来の活路を見出している。大塚は南原と同じ無教会派である。つまり内村鑑三門下ということになる。

☆戦後の日本国憲法と教育基本法は、南原繁人脈で成立したようなものである。つまり新渡戸稲造と内村鑑三の門下生人脈で。そして南原繁とは価値観や政治的立場を異にしていたものの、新渡戸稲造門下生人脈、つまりオバマ大統領も娘を通わせているフレンドスクールゆかりのクエーカー人脈をフルに活用したのが吉田茂である。

☆戦後の日本は吉田茂と南原繁という「二人のシゲル」によって再生されたといっても過言ではなく、それは≪私学の系譜≫を示唆するのである。

☆だから、苅谷さんは「この『まだ自立していない』というイデオロギーが悪い方に働くと、新自由主義につながってしまう」と、用心深くリスクヘッジしている。吉田茂も南原繁も、つまり丸山眞男も大塚久雄もその悪い方に働くことをいかに回避するかを考えていたのだから。

☆しかし、それをはっきり言うと、悪い方に向けるのは、精神的革命より物質的革命を遂行せざるを得なかった≪官学の系譜≫を批判することになる。それは文科省の立場からすれば、できないというジレンマに立たされる。それゆえ歯切れが悪い。とりあえず、丸山眞男と大塚久雄の考え方はいいんだけれど、ともすれば悪い方へいく矛盾を内包しているよねと言っておけば、リスクヘッジはできるわけだ。

☆それで、そのあとにただ自己責任だけでは国や政府はだめなのだと言えば、≪官学の系譜≫の良心としては面目躍如。そして最後に「最近は、大不況の到来によって「市場原理」や「自己責任」といったイデオロギーが力を弱めています。潮目は変わったのかもしれない」と歴史的必然として世の中は変わるかもしれないと人ごとのように言うのである。

☆でもこの変化は、オバマ大統領ではないが、変えようと思わなければ変わらない。しかし、それは学者のやることではないからというわけだ。

☆それはともかく変わるということに関しては、さすがは複眼思考の苅谷さん、敏感に感じ取っているのだ。しかし、その流れは≪私学の系譜≫の精神によるものではなく、あくまで市場の需要と供給で決まる見えざる手の働きなのだ、そういう歴史的流れなのだとしなければならない制度的立場、いやイデオロギーがあるのだ。

☆≪私学の系譜≫としては、苅谷さんのようなイデオロギー耐性に弱くならないようにしなくては・・・。

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