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09年首都圏中学入試[99] 今年のサンデーショックの時代精神⑦

☆「私学人プロジェクト」で、私学人のリストを作っている。これはプーチンのリストとは違い、制限するのではなく、どんどん新しい私学人を見つけていこうという発掘作業。そんな中で、編集者から海城出身の小谷野敦氏の話題がでた。

☆宮台真司氏や西部邁氏、宮崎哲哉氏という批評家の話をするのに、小谷野さんの話をしないというのはないだろうと指摘され、「すばらしき愚民社会」を読んでみたが、なるほどそうだと確信。

☆苅谷剛彦氏の「大衆教育社会のゆくえ」(中公新書1995年)以降、どうも大衆社会論なるものに違和感を感じていた。オルテガの「大衆の反逆」とはどうも「大衆」のとらえ方が違うと思いつつ、顧客満足が大事なんて表現の広がりの速さに圧倒され、いつしか「大衆批判」はタブーになっていたのかもしれない。

☆しかし世界同時不況が、そこをもう一度冷静にとらえ返すチャンスをつくるかもしれない。それがいまの時代精神だろう。オバマ大統領の新しい責任とはそういうことではないだろうか。お客様は神様ですから始まって、顧客満足マーケティングの大流行に到って、神様の意味、満足の意味を考え直さねばというのが新しい責任論ではないだろうか。

☆拝金主義、物質的満足からの転換ということなのだろう。この転換に気づくには、小谷野さんのテキストはたしかに刺激的である。

☆苅谷さん以降の世の中の「マス論」と小谷野さんの「大衆論の系譜」の差異をきちんと整理しておくことは重要である。「マス論」は経済階層のことで、富裕層のためのマーケティングである。「大衆論の系譜」は、思想のレベル層のことで、A「大衆―階級知識人(壁としての知識人)」とB「市民―サイード的知識人(卵としての知識人)」という差異に気づくことである。

☆Aは受験業界的には受験市場を形成している。Bは私立学校からすれば私学市場を形成している。Aは資産の量によって階層を分け、それぞれの階層が満足するサービスをマッチングさせる市場である。

☆Bは、資産の有無にかかわらず、あらゆる支配から常に解放できる状況を創る人間育成のための市場である。議論という質の競争が行われる。もちろんそこから生まれるアイデアは経済に結びつくのである。

☆Aの受験市場は、本来階層から抜け出られる競争を活性化させるものなのだったのだが、今では資産に応じたサービスが定着したから、多くの場合、それぞれのサービスで満足してしまうので、階層構造が固定化してしまう。

☆Bの私学市場は、哲学に傾斜し、経済をないがしろにする傾向があるため、結果的に資産をもっている階層の教育の質の向上につながるが、資産の少ないあるいはもっていない80%の層はその恩恵に浴することができないという意味で、やはり階層構造の格差が広がってしまうリスクがある。

Photo ☆しかしながら、Aの受験市場に麻布の氷上校長の言うように、教養の復権はありえないわけだから、Bの私学市場に、その復権をめざしつつ、すべての人間に創造的な思考や行動のチャンスを広げる市場活動をする期待をするほか道はないだろう。

☆小谷野さんは先述の著書で、

「大衆批判」なるものは、多数を敵に回し、自らを危険に追い込む行為である。だが、人が常に多数派に迎合してばかりいたのでは、本当の衆愚社会になってしまうだろう。人には時に「嫌われる覚悟」も必要なのである。

☆ラディカル私学人の覚悟である。海城の改革を推進している先生方を何人か知っているが、やはりトーンが似ている。やはり伝統というか、ハビトゥスというか、そういうものは脈々とつづくものであるのだろうか。

☆改良主義的私学人というかバランス感覚的私学人、独断専行型私学人といろいろいる中で、ラディカル私学人が海城に集まっているとするならば、なるほど海城の誠を見ることは、富裕層大衆レベルでは不可能なのかもしれない・・・。

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