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伸びる学校[042] 武蔵中のアカデミズム④

☆5月30日の武蔵の学校説明会では、各教科からの話もあった。国語科からは、国語の保守本道の話を聞けた。

☆武蔵の国語の授業では、テキストは原典主義であるということである。旧かな遣いの小説はそのままの原典を使うというのであろう。

☆教科書や最近の学習参考書の傾向はわかりやすいものの提供。

☆しかし、わかりやすいとは、いろいろな情報をあらかじめ削減したり見えなくしているのだと。明治の文豪のかな遣いや漢字表記には、1つひとつ意図が込められている。それを現代かな遣いや漢字表記を統一したりひらいたりしたら、その意図が隠されてしまう。

☆すると調べる必要がなくなる。それでは武蔵の理想である「自調自考」の思考過程が展開しなくなるのだと。武蔵の国語の醍醐味は、調べれば調べるほどわからないことがたくさんでてくるというところのようだ。

☆なんだかあのシェークスピアの名翻訳や国語問題で論陣をはった福田恒存の言葉の理論を聴いているような教養を感じた。浅く広くではなく狭く深くをモットーとする武蔵の国語科の情熱が伝わってきた。

☆中学入試の問題については、少年の成長物語をテーマにした文章が出題されると巷では言われているようだが、論理的思考力、つまり何を根拠として見出し、深く考えているかをみることに適している文章を選択しているだけで、物語かどうかはわからないという話だ。

☆問いも記述式だが、字数制限がないからといって、思いついたことを書きまくるのは考えものであるとも。なんでもよいから書いたもの勝ちみたいな指導をしているところもあるようだが、それは違いますと。

☆ここでも鵜呑みにしない武蔵の批判的思考の特徴が貫徹している説明であるが、小学校6年生のレベルで、わかりやすく解答すればよく、できる限り生徒が何を書こうとしているか読み取ろうとするのが武蔵の教員だということもアピールしていた。

☆ということは、事実誤認のないように文章を読めて、思いついたことを100字ぐらいで書けたら、結果的に論理的思考とは何かと悩まなくても、合格点はとれるということではないだろうか。受験生が、武蔵の先生の言うことを鵜呑みにしないで、自分で判断することをここでも問われているのか?

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