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2つのエクセレントスクール[02] 駒東と海城の差異

桐光と比べると、駒東と海城の教育環境の差異が見えなくなるが、駒東と海城を比較するとその差異がはっきりする。

Photo ☆両者との比較で、あくまで相対的だが、駒東が理念主義的エクセレントスクールで、海城が理念脱構築主義的エクセレントスクールということになるか。

☆駒東も海城も進学指導に関しての差異は結果数字で見ればよいし、そこで差異を論じるような視点があるかどうかはそれほどないだろう。

☆むしろ大受験勉強やりながらそれを超えているリベラルアーツのプログラムデザインの差異の方が明かだ。

☆駒東は、実験やフィールドワークを重視し、各教科の教員がレポートを詳細にわたり添削して知的コミュニケーションをしている。しかし、それが駒東全体の取り組みになっているかどうかは見える化されていない。その暗黙知のところをかつて駒東は見えないカリキュラムと呼んだほど。

☆成文法か慣習法かの違いで、確かに駒東にはリベラルアーツが存在するからよいのだが、それは見えないがゆえに、ハヴトゥス(文化資本再生システム)化し、固定化する。それはやがて停滞を生みだす可能性を含んでいる。今のところはそのクオリティの高い慣習がうまく働いているからよいのだが。

☆しかし、それが今後働くなる可能性が時代の変容によってもたらされるかもしれない。

☆海城は、そこをよく理解している見識ある教員が多い。だから駒東と同じように実験もフィールドワークも重視するし、レポートも重視するが、「社会科卒業論文」のような大型論文を書くプログラムを見える化している。

☆そしてなおかつ、PAという米国にルーツがある人間関係を形成するプログラムやドラマなどのプログラムを外部リソースを巧みに活用・加工してデザインしている。つまり、自己実現プログラムを見える化しているわけだ。もともと古賀理事長が世界を自らリサーチして世界的視野を持ちこんでいるミームがある。

☆そういう意味では、理念のハビトゥスを常に脱構築する余地を残している。だから、時代の変容に対応できる学校力を持っている。

☆ところで、この時代の変容とは何だろう。それはもはや時代が近代国家というか租税国家単位で動いているわけではないということである。

☆国家の経済規模以上の経済力を生みだしている地域や企業があり、三者のベクトルがせめぎ合いながら複合されて時代は動いている。

☆時代を動かす要素は、人口、経済規模、イノベーター、トップ科学者、庭園デザイン。この5つの要素が有機的に循環している国家、地域、企業がフラット化社会をベースに、富や文化を集積するスパイキーなリッチカルチャースペース(RCS)を創りだしている。

☆このRCSにクリエイティブクラスは集まってくる。ひと・もの・かね・情報が自由に行き来できるグローバルな空間がそれをますます促進し、フラットなのにスパイキーなRCSを生みだしてしまうというパラドックス。これは20世紀型発想をぶち破る。

☆現状の日本社会は、まだまだこの変化に追いついていないというか阻止しているきらいがある。人口と経済規模に関しては、世界同時不況があったり、少子高齢化だったりして散々であるが、回復できるリソースはまだまだある。

☆しかし、イノベーターは、まだまだトップ科学者に包含され、欧米のように大学とは別に生まれているわけではない。イノベーターと科学者の未分化が、学歴社会を生みだし、学びをつまらないものにしている。また庭園デザインを都市計画にまではまだまだ浸透させていない。庭園発想は自然と社会と精神をつなぐ横断的智性を養う環境。

☆これがないから市民レベルでイノベーターがなかなか行われない。欧米のような科学コミュニケーションがまだ根付いていないのがその証しである。

☆そういう意味では、駒東はトップ科学者輩出のベクトルにそったリベラルアーツであり、今のところイノベーターを大学と関係なく生み出す発想を持っているわけではない。学歴社会が続く限り、駒東は変わる必要がないが、時代は待ってくれるだろうか。

☆海城がこの時代の動向を見抜いて、動いていることは確かだ。何を右顧左眄しているのか、不易流行だというひともいるだろう。そう思っているうちは道徳論的なのだ。時代の変化を知らねば、そのゆがみの軋轢にたえられないのが生徒なのだ。生徒は時代の変化、つまり要請の中で、自分の生き方を選択するのだから。

☆時代の変化を無視すれば、生徒の選択は妥当でないものになる。選択判断の基準は高邁な地に足付かぬ理想という正当性だけでは判断をミスする。現実と理想の統合という妥当性も必要なのである。大学人とは関係ないところから生まれてくるイノベーターの出現。これが駒東の今までの理想と現実の統合に衝撃を与える時代がきているのかもしれない。

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