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2つのエクセレントスクール[14] 東京都市大学付属中の魅力 【了】

2つのエクセレントスクール[13] 東京都市大学付属中の魅力 【3】のつづき。

☆東京都市大学付属中の各授業のスタイルは、対話型である。いわゆるワンウェイ講義形式ではないということだ。

☆国語科の教師と数学科の教師の対話を聴きながら、あっ同じ質感が授業の中でも展開されているのだなとイメージできた。夏期講座も少し覗いたが、集中してはいたが、威圧感はなかった。

☆入試問題は学校の顔であるというのはもはや通説になっているのだが、東京都市大付属中の入試問題もそれをパーフェクトに反映している。国語では詩が必ず出題される。詩は受験生特に男子にとってはとっつきにくい素材。だから敬遠されがち。

☆必ず出題する学校と言えば、灘中、筑波大駒場付属、共立女子だろう。雙葉は出題しなくなって久しい。詩は、レトリックの背景にある文脈条件を自ら判断しなければ、解答を導き出すのはやっかい。

☆ある意味算数的。特に幾何などは詩のアナロジーになるみたいな話になった。「補助線」を引くという意味では、幾何も詩も同様なのだと。こういう話は、湯川秀樹やファインマンが好んでした話でもある。物理や数学と詩の差異とは何であるかという話。実に横断的ではないだろうか。

☆この横断的というか学際的な知は、ふだんの授業の中の対話によって準備され、それがキャリア学習や論文編集、レポート作成で応用されている。そういう有機的つながりを教師が意識しているということを今回実感できた。

Tokyotoshidai ☆そして今、社会科で行ってきた大型論文指導を、来年から中高一貫体制の一期生である高1で、教科を超えて横断的に指導していくプログラムを練っているということである。これを一般にリベラルアーツというのだ。

☆同校を訪れて直感するのは、男子生徒や男性の教師が、近代システムをけん引し、ナチズムによって極限にまで形成された排除抑圧型のマッチョな「男らしさ」を感じさせないことである。かといってその「男らしさ」に対抗するサブカルチャーで活躍するあいまいな男像でもない。

☆この第三の新しい男像は、世界中で捜し求められているが、未だ明確な輪郭がない。私もあまりに力量不足で、それを描くことはできない。しかし、東京都市大付属中のような男子校にそのヒントがあるのは間違いない。未来社会や未来の男子像を描く同校にかかる期待は大きいということだろう。

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