公立中高一貫校と私立中高一貫校の差異<2>
☆昨日、「公立中高一貫校と私立中高一貫校の差異」を書いたら、別業界の友人から「私学の変わらぬ理念こそ優位なのだから、その点に関して公立はそれほど模倣できないって書いてあったけれど、なぜ模倣できないのか、憲法前文の思想背景の復元をしたらと君だって言っているじゃないか、矛盾では?」と、飲みながら・・・。
☆説明不足だったので、こう説明した。もし復元できたら可能だけれど、たぶんなかなかできないという現実的な話をした。
☆公立の学校はそもそも憲法の枠内。だから当然復元というよりも、そもそもあるのではないかと。
☆しかし、現状の法律の背景思想は、法実証主義で、価値からの自由。価値に関しては法律ではどうしようもない。ところが、憲法前文の思想背景は、その普遍的な価値を重視する自然法論なのだ。前者は後者に含まれる。しかし、後者は法実証主義の枠を超える自然法論の部分は切り捨てる。
☆それでも共通部分では機能するわけだから、憲法の背景思想を無視ししているわけではない。
☆簡単な例でいうと、迷惑をかけなければあるいは法律に違反しなければ何をやってもよいというのが法実証主義。今日の得はオレのもの、明日の損はあなたのものという金融資本主義的価値観も、規制の枠内ならOKというのが法実証主義。
☆しかし、自然法論は、それでよいのかという問いかけを捨てることはない。公立中高一貫校の一般モデルは、私学の理念に相当する部分が法実証主義がゆえに、理念はないも同然なのだ。
☆自然法論にも様々あり、それゆえゆるやかな理念共同体というのが私立学校なのだが、ともあれ私立中高一貫校の一般モデルには理念の奥行きがあり、リベラルアーツが線ではなく面になる。
☆社会内の組み換えという意味でのリフォメーションは公立の環境でもガンガン生まれているが、社会の枠組み改革という意味では、私立の環境の方がでやすい。公立中高一貫校と私立中高一貫校の違いは、実は法実証主義的理念と自然法論的理念の違い。そして前者は現実において理念から自由。よって自分の興味と関心の範囲内であたかも自由に人生を設計する個人主義者が多くなる。
☆それに対し、man for othersを唱えるのが私立学校ということになる。あくまで一般モデルにすぎないが。
☆宮台真司氏は、法実証主義も認めないが、自然法論も認めない。理念を脱構築できる理念のあるシステム論を主張しているように思われる。これは公立でも私立でもあり得る話だが、相当の教養と見識がいる・・・。
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