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一日一言 新渡戸稲造【019】

一日一言 新渡戸稲造【018】のつづき。

☆12月20日 感情は天気のようなもの

自分の気分で他人に対する感情が変わる人は別として、だれでも気分の良いときと悪いときがある。・・・・・・天気のようなものと思い流せば、それもお互いのためになるものだ。

☆新渡戸稲造の時代とはかなり気候の状況も変化し、感情の移り変わりは天気のようなもので流せない時代になってしまった。

☆それはともかく、たしかに感情は天気のようなものだろう。晴れ晴れとした気持ちには、その気象条件いやいや感情条件があるはず。うつううつとしたグレーの気持ちの時もやはりそうだろう。嵐のように激しい怒りの気持ちの時も同じだ。

☆豊かなで安定した感情でいられる条件はなんだろう。家庭の条件、友人の条件、学校の条件、社会の条件、国の条件、世界の条件・・・。

☆何より自分の条件。自らが方程式なのか、解なのか。もし方程式なら、自ら豊かで安定した気持ちの条件の解を求めることはできるだろう。

☆しかし、解にすぎなければ、つまり、自分以外の条件でつくられた方程式の中の1つの格子点にすぎなければ、他者の条件によって、自分の位置は変わる。

☆それをもって、がまんしないで自然な感情を表す素直な人柄だというのだろうか。方程式を自らの内にもつことができなくなった、つまり大きな物語や価値意識をもたなくなったポストモダニズム、大消費・大生産・大移動の時代にあって、感情は他者任せになっている。

☆無意識を暗黙知をセルフマネジメントできなくなってしまっている今日、あらゆるところでモンスター○○が出没している。豊かな人間になるには環境設定が問題であるが、その条件に自分がいないととんでもないことになる。

☆自分探しとは、自分の内外の環境を設定することである。つまり、内面と外面の壁をぶっこわすことなのだ。つまり外部環境と内部環境のエコロジー問題である。

☆COP15の閉塞状況は、たんなる国際政治経済問題で終わってしまっている点だろう。環境設定探究の不徹底。それが心を1つにできない条件なのかもしれない。

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