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受験市場から教育多層市場へ [03]

受験市場から教育多層市場へ [02]のつづき。

☆「クリエイティブ」な行為が、地球市民1人ひとりの才能を経済にトランスフォームさせられる時代が21世紀なのだが、この動きは何も21世紀になってやっと動き出したわけではない。枚挙にいとまがないほどたくさんの動きが89年ベルリンの壁が崩壊する前後で生まれている。

☆その中でも印象的なのは、1984年の「風の谷のナウシカ」の上映だ。今でも宮崎駿さんの作品は人気が高いし、フランスをはじめ欧米でも鑑賞されているぐらいだ。つまり、この「クリエイティブ」な行為は地球市民になんらかの影響を与えるものがある。

☆それからこの年、マッキントッシュが発売。ここからPCの流れが大きくなる。

☆それからこの時代は現代思想の席巻した時期である。言語モデルが華やかに開花していた。

☆臨教審が設けられたのも84年だ。

☆しかし、同時にあのカルト集団が結成されたのも同じ年である。

☆宮崎駿さんのテーマの一つにはエコ都市がある。このあたりから、日本は土建国家を改め、庭園国家構想を練り始める。唯物史観から生態史観、生態史観から海洋史観へのパラダイムチェンジの流れを作り始める。富国強兵から富国裕徳へという。もちろんそう簡単には進んでいないのだが・・・。

☆マッキントッシュの登場は鮮明だったし、ジョブスの活躍は今も神話的に続くが、このITの広がりを形成したアラン・ケイを忘れてはならないだろう。私は東芝のダイナブックで記事を打ち込んでいるが、この名付け親(ちなんでという方が正しいのか)というかコンセプトを最初につくりあげたのがアラン・ケイ。しかも、MITでシーモア・パパートとともに教育から学習へという流れをPCによって作った。ITと学習を教育現場に導いたパソコンの父でもある。

☆ITの広がりは遺伝子工学や脳科学にどんどん影響していく。まさに「クリエイティブ」な行為の時代の始まりである。

☆それをうけてロン・ヤス時代の日本は、臨教審を設置し、教育の自由化を進める。自由とは創造とある意味表裏一体。当時のソ連では政権交代の兆しがおこり、翌年85年にはゴルバチョフが書記長に就任する。着々とパラダイムの転換の準備が進んでいた。

☆しかし、その時代の雰囲気は、光だけではなく闇も生みだすことになる。現代思想の基層にはニーチェ的世界観があるが、アポロとデュオニソス、秩序と混沌、理性と感性、意識と無意識の相克があるわけだが、それらがかい離した時、つまり光から闇が突出した時どうなるかは、私たちはすでに歴史的に体験している。

☆その予言書が、ジョージ・オーウェルの「1984年」。もっとも84ではなくそれは48を示していて「1948年」の社会情勢そのもののメタファであるとも言われているから、まさにモダニズムの闇は消滅することはないのか。そのことを今年2009年から逆照射しているのが、村上春樹さんの「1Q84」とも言われている。氏はエルサレムで闇という壁にぶつかる光の卵となることを宣言したぐらいだ。

☆「クリエイティブ」な行為をコントロールするのか、マネジメントするのか、ファシリテートするのか、放任するのか・・・その選択が一挙に噴出したのが、この時代である。ベルリンの壁という抑圧は少なくとも解き放たれることになる。

☆この時代に、学校改革を創造性の育成によって果たす準備をし、今日多くの私立学校の改革のモデルになったある私立女子中高一貫校がある。それは鴎友学園女子。86年に校長に就任した伊藤進先生は、こう宣言した。

「学習の効率化ということから言えば、創造的立場に立たせるとか、表出・表現を重視するとかいう方針は、大学受験と矛盾するではないかという実際的心配が当然出てくるはずです。しかし、その点については、生き生きとした創造的なものが学校に流れていれば、全体としては学習へプラスにはね返ってくるはずだという楽観論に立とうと思います。少なくとも中学校ではかなりの程度にこの方針が実現可能ではないか。鴎友学園ではその選択も可能であるのです。」

☆「クリエイティブ」な行為こそ私立中高一貫校の面目躍如であることを証明した女子校の1つである。

☆84年にアラン・ケイは、「コンピュータ・ソフトウェア」というエッセイを書いている。ダ・ヴィンチ、ガリレオ、もちろんシーモア・パパートやあのグレゴリー・ベイトソンなどの「クリエイティブ」な発想がコンパクトに詰まっているエッセイ。その中でソフトウェアのコンセプトをこう語っている。

ものごとを組み立てる基礎になる、各種メディアの多くと同じく、伽藍だろうが、バクテリアだろうが、ソネットだろうが、フーガだろうが、あるいはワードプロセッサーだろうが、素材を支配するのは構造(アーキテクチャー)である。粘土を理解することと、壺を理解することとはイコールではない。壺のなんたるかを理解するには、そのつくり手と使い手のことを理解し、素材に意味を与え、その形態から意味をとりださねばならなかった、彼らの欲求を理解すべきである。

☆なんてアリストテレス的なのだろう、あるいはマイケル・ポランニーの意味での暗黙知的な発想なのだろう。素材が媒介項であるメディアになるには、形態としての形式知化が必要で、その形式化こそがアーキテクチャーであるということだろう。

☆創造とは枠を壊すことであると同時に枠を形成することということだろう。従来の教育は枠にはまること。これからの学習は枠をアーキテクチャーとして形成することなのだと。アラン・ケイはさらにこう続ける。

表現のためのメディアとしてのコンピュータと、粘土や紙とのあいだには、質的な相違がある。生体細胞の遺伝メカニズムと同じく、コンピュータは自己解釈ともいえるレベルで、自分のマークを読み、書き、たどることができ、その知的限界はいまだ解明されていない。したがって、ソフトウェアを理解しようとする人の仕事は、たんに粘土ではなく、壺を理解すればよいということにとどまらない。初心者がつくりだした壺に、中国やリモージュの陶磁器が出現する可能性を見出さねばならないのである。

☆壺という媒介項は、つくり手と使い手のコミュニケーションをつなぐという意味で、構造=アーキテクチャー化されていなければならないし、その意味で素材の段階とは差異がある。しかし、その差異を認めるだけではなく、さらにそのアーキテクチャーの未来への進化を探究し続けなくてはならないと。

☆この媒介項になるアーキテクチャー化とその発達を探究する行為こそ「クリエイティブ」な行為だし、この行為の媒介項であることそれ自体、クリエイティブ・コミュニケーションそのものである。

☆21世紀は、このクリエイティブ・コミュニケーションのアーキテクチャーとしてのシステムを、伽藍だろうが、バクテリアだろうが、ソネットだろうが、フーガだろうが、あるいはワードプロセッサーだろうが、なんであれ、あらゆるもを貫き通す「クリエイティブ」な行為が必要であり、そのリンク探しが、永遠の不思議な環=GEB(ゲーデル×エッシャー×バッハ)探しなのである。そしてGEB探しこそクリエイティブ・コミュニケション・プロジェクトなのである。

☆なかなか私学市場の話に跳べないが、乱暴ではあるが、つなげてみよう。CCPそのものの教育活動をしているのが、私立中高一貫校であると。思春期を乗り越えるにはこのCCPが重要である。だから意識しようがしまいが、世界や時代の精神を感じている私立中高一貫校の教育実践はすでに暗黙知としてCCPを実行しているのだ。このCCPの質の競争こそが私学市場の競争であり、受験市場が見向きもしてこなかった実質的なアーキテクチャーなのである。大学進学実績はこの構造にぶらさがる要素に過ぎない。まして入学当時の偏差値は、要素の中の要素の中の・・・要素に過ぎない。

☆がしかし、教育産業の中には、そのことに気づき始めているところがある。それは後々書くことにするが、もうしばらくは、このCCPについて思いめぐらしてみたい。(つづく)

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