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私学市場の意義[05]

私学市場の意義[04]のつづき。

☆昨日12月2日、成田空港で2つの私立中高一貫校がすれ違った。片方は帰国。もう片方は出国。前者は白梅学園清修の高校1年生。後者はかえつ有明の高校2年生である。

☆白梅学園清修はオーストリア→スイス→ストラスブール・パリへと旅をしてきたし、かえつ有明はイギリスそしてパリへ旅立った。

☆両校とも学年全員でというのである。海外研修や修学旅行は多くの私立学校で行っているから、これも立派な私学市場の一部を形成している。

☆それにしても何ゆえにフランスやイギリスなのだろう。それには私立学校固有の理由があるのである。

☆白梅学園の創設者はおそらく啓蒙思想家の中でもフランス革命に影響を与えた、つまり近代形成に大きな影響を与えたJ.J.ルソーの影響を受けている。それゆえルソーのゆかりの地へ旅行したのである。

☆えっ、ルソーはジュネーブ生まれではないかと言われるかもしれないが、ルソーの思想の現代化はEU議会に象徴されているのであるから、EU議会のあるストラスブールに行くのを選んだのだろう。EU議会の近くの道はルソーをリスペクトしてJ.J.ルソー通りと命名されているほどである。

☆かえつ有明はなぜまずイギリスなのだろうか。それは創設者嘉悦孝の愛読書の一冊にアダムスミスの原書があったからであるし、嘉悦孝の同時代人であり互いに影響を与えたであろう福沢諭吉もまたイギリスの思想に拠って立っていたからでもあろう。

☆麻布学園でも、中学1年生時代に、創設者江原素六のゆかりの地である沼津に墓参にいくが、ある意味それと同じことを両校は実施しているわけである。

☆したがって、私立学校の旅をコーディネートする旅行会社やツアーガイドは、それぞれの私立学校の創設者の思想に触れるだろうし、前もってきちんと学んでいるコーディネータもいる。

☆J.J.ルソーは「エミール」の中で、プランを立てる時は、実行可能かどうかとその正当性の2つを考えよと述べているが、私立学校の旅をプランする側は、実行可能かどうかは言うまでもなく考慮するが、一般の旅行とは違い、それぞれの学校の創設者の思想に触れ、その基準に合わせて正当性をチェックしなければならないわけだ。

☆そんなコーディネータや添乗員がいるものかと疑問を呈する人もいるかもしれないが、実際にはいるものである。JTBと交渉するときに、そのことをきちんと前もって言えば、そこを目配りして適切な人材を用意してもらえる。私の今回の経験では少なくともそうであった。

☆旅行に限らず、建築の場合も同じだ。設計者はやはり建学の精神を充分にリサーチする。そしてその現代化をデザインするのである。

☆私学市場とは、結局創設者や建学の精神をあらゆる領域で現代化デザインをする市場なのである。

☆受験市場が私学市場とカップリングできる可能性があるとしたら、やはりこの創設者の精神を現代化デザインする感覚をもつことだろう。かつては、「おたくは宗教やめたらどうだ」と恫喝していた塾のオーナーもいたが、もはやそれは通用しない時代なのである。

☆要するに、私立学校は、私学市場においてその世界精神に匹敵する創設者の哲学を浸透するチャンスを持っているのだ。ポストモダンはもはや大きな物語や哲学的価値観を不要宣言した。大量消費社会、大量生産社会、大量移動社会に塾もあったわけだから、そんなオーナーも出現するのは、歴史的必然であったわけだ。

☆しからば、知識基盤社会にあって、再びフィロソフィーが復活してもおかしくないのは道理だろう。私学市場が受験市場を変容させることも可能である。私学市場の主役は言うまでもなく私立中高一貫校である。

☆私立中高一貫校が受験市場をマネジメントすることになるということは、日本の教育改革のヒントがそこにあるということでもある。日本の教育は、受験市場そのものであるから。

☆もっといえば、私学市場を選択した受験生やその保護者は、ある意味教育改革の政治的判断をしたのと同じことになるのだ。

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