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私学市場の意義[13]

私学市場の意義[12]のつづき。

☆昨日(20091211)、中村学園で私学人の集い「The授業リンク」の勉強会があった。この会の思いについては、メンバーであり私の敬愛する松田孝志先生(明大付属明治中学校高等学校)がこう書いている。

あえて、生意気にも僕が[The授業リンク]の高邁な特徴を3つ挙げるとするならば、次のことになる。

I.私学には各校にスクール=アイデンティティ・文化がある。その具体化させたものの1つが授業そのもの、その授業の根底に流れる哲学、その違いを前提にしていること。

II.経験の長短深浅はあるにしても「単に教えてください」ではなく、みな打席に立つバッターで、それぞれ手弁当(木戸銭、分かち合うものを持って)で参加していること。

III.ワークショップであろうと、懇談という形態であろうと提供者(まな板の上の鯉ではなく鯛)になった人の実践からお土産として何かをつかもうとしていること。

 事業仕分けで、たとえ国家予算の15%であろうと国民の目の前にさらされ、議論されたことは良いことであると考える。しかしそこからが問題である。コストと投資、目先のことと後世に責任を負うヴィジョン、優先順位をどのようにしていくかである。生まれも育ちも能力も環境も状況も異なるものがちゃんと考え、議論する、そのことが大切だと思うのである。学校のことも、授業も生活指導も次元は違うが同様であると僕は考えている。理屈と実感、技から科学的スキル、躾けることと育てること。教員でなく教師として問われていることが目の前にある。弾き出されそうだとか、誹謗中傷に意気消沈気味だとか、無力感・焦燥感に打ちひしがれているなどということがあろうと、やはり自分は教師を選び続けてきた誇りを捨てまいと考えている。

          「僕にとっての[The授業リンク] ―Pay Forward―」 

☆たいへんオープンな勉強会で、公立私立問わず先生方が参加しているし、教師だけではなく、教育産業のスタッフや私のような好事家も参加できる。

☆The授業リンクとは、松田先生が語っているように、授業研究会ではなく、授業の根底に流れる哲学でつながっている。その哲学は各学校の場合教育理念や建学の精神につながるから、参加者の思想はかなり異なる。

☆その異なる思想どうしが議論できる場が、この会の興味深いところだ。しかもモノにこだわるのではなく、思想という関係関数にこだわるから、勉強会のテーマは、何も授業というモノだけではない。

☆今回は、「新設校開校及びその運営について~白梅学園清修の場合」というテーマだった。かなり本音トークもあり、参加者は驚愕の連続であっただろうし、自分の学校での悩みを解決する(松田先生が語る)お土産を持ちかえることができたと思う。

☆そして新設校開校のデザインは、結局は授業でどのように生徒と邂逅するかという哲学がにじみ出ていないとうまくいかないということが伝わったと思う。

☆なぜ授業なのか、それはなぜ学校なのかと同じ問いかけなのだ。だから授業と学校は関係がないという場合、そこには授業デザインの哲学も学校デザインの哲学もないということなのだ。

☆哲学は基本的にはつながりを発見する見識である。関係がないという発言は哲学放棄である。

☆しかし、世の中は哲学放棄の時代がしばらく続いた。リーマンショック以降再び多少哲学の復権はあるかもしれないが、基本は哲学放棄。それがゆえに、松田先生ではないが、哲学のある教師(=公立私立の教師であるかどうか問わず、また教師であるかどうかを問わず、そのような人材を私学人と私は呼んでいる)は皆「理屈と実感、技から科学的スキル、躾けることと育てること。教員でなく教師として問われていることが目の前にある。弾き出されそうだとか、誹謗中傷に意気消沈気味だとか、無力感・焦燥感に打ちひしがれているなどということがあろうと、やはり自分は教師を選び続けてきた誇りを捨てまいと考えている」という共体験をしているのである。

Pc110730 ☆哲学放棄の企業市場に対し、哲学基礎の私学市場はどのように挑むのか。その勉強会が昨日行われたのであった。昨日の仕掛け人は、中村学園の教頭梅沢先生(当日司会をされていた。最初の写真)。白梅学園清修の副校長柴田先生(2枚目の写真)を巻き込んだ。

☆二人の共通点は、世界に通じるアスリートを輩出していることにある。バレーボールとラグビーという違いはあるが、世界に通じるリーダーシップ、世界に通じるコミュニケーション哲学を生徒と共に学んでいる。

Pc110724 ☆その根本的な考え方で学校を授業をデザインしてきた。柴田先生はノブレス・オブリージュというキーワードをいつも使うが、それは梅沢先生も同じ。私立学校がもともとイギリスのパブリックスクールやケンブリッジ大学、フランスの啓蒙思想にルーツがあるのがよくわかる重要なキーワードである。

☆柴田副校長はノブレス・オブリージュを3つの要素にわけて考えている。「克己心・用心深さ・フロンティア精神」がそれだ。

☆白梅学園の建学の精神はヒューマニズム。イギリス市民革命・アメリカ独立革命・フランス革命という啓蒙主義が原点である。克己心とフロンティア精神は、これをよく表している。

☆ところで、用心深さというのは何だろう。教育理念にこのような言葉が入っている学校は他にあるだろうか。いや実は意外と多い。たとえば共立女子は「勤勉」「誠実」という言葉を使うが、これは慎重さが背景にあるから用心深さに通じる。

☆大妻の「恥を知れ」もそうだ。かえつ有明の「怒るな働け」もそうである。武蔵の「自調自考」もそうである。

☆誤解も多いが、ルネサンスというプレ疾風怒濤の世界を生き抜いたマキャベリの思想やアダム・スミスやカントの思想にもそれがある。理性と狡知の葛藤を克己するには用心深さを必要とするし、開拓精神という大胆さも同時に必要。これはいつの世も同じである。

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