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私立学校の奥行き~2009年を振り返って

☆パリのジャコバン通り、トゥルーズのジャコバン修道院(ここはまだ行ったことがないが)、コルマールのウンターリンデン美術館、ミラノの近くのサンタ・マリア・デッレ・グラツィエ修道院のダヴィンチの最後の晩餐、ラス・カサスのインディアスの破壊についての報告、太陽の都のトマーゾ・カンパネッラ、そうそうアルザスといえばエックハルト・・・。

☆フランス革命の話をしていたときに、ジャコバン派はカトリックの修道院の名前からきているんですよとあるカトリック学校の理事長の話。そして、上記のような話にとんだ。すべてそのカトリック学校ゆかりの話題だ。

☆このカトリック学校は幼稚園から高校までの一貫教育を実施している。4年前に50周年を迎えたあたりから、急激に学内の知的精神的一体感が充実してきた。記憶というテーマや思考というテーマ、思いやりというテーマで、幼稚園から高校までのステップがある。それを学内で議論してロゴス化していっている。

☆その過程で、生徒たちの知的精神的体力的活躍が目覚ましく飛躍している。それにしてもこのカトリック学校の精神的基盤である聖人は、対話の人であり、合意形成の達人であり、信仰と真理の巨人。かの聖人に倣って生きようという教師が出現している。そんな話をクリスマスを迎える準備の中で集まった、幼稚園の園長、小学校の校長、中高の校長、事務長、理事長の会合で伺うことができた。私立学校の奥行きの一例である。

☆ある学校では、ホフスタッターのアイデアGEB(ゲーデル・エッシャー・バッハ)の不思議な輪の話で盛りあがる数学教師がいる。数学という教科を超えて、言語関係の教師や芸術の教師を巻き込みながら、教科のベースを形成していっている。

☆それにしてもバッハの音符をみながらバイオリンを弾く生徒とパラドックスの話をしたりしている風景は、あまりに興味深い。

☆しかも、それが実は思春期の深い悩みや不安を将来解くための仕掛けなのだと理解した時の驚愕たるもの、どうやって伝えたらよいのだろう。ダブルバインドやエディプスコンプレックスをピグマリオン効果や自己成就予言、あるいはプラシーボ効果で乗り越えるのではなく、メタファーのアナリーゼと対話で乗り越える・・・。

☆そのヒントがJ.J.ルソーのエミールの思春期の章にあるという。教育理念の基盤である啓蒙主義的な発想というわけか・・・。これもまた私立学校の奥行きの一例である。なるほどストラスブールのEU議会に立ち寄るわけだ。

☆ある私立学校では、認知科学や認知カウンセリングの話で盛り上がる。ワン・パラグラフライティングから議論の授業まで、認知科学的な発達カテゴリーを教材で型として形式化し、それを破壊的に創造していこうとする試み。もともと資質を持っていた生徒だけが伸びていく授業ではなく、全員がメタ認知的視点を発見し活用できるようにするプログラムを形成している。

☆サイコバイオロジーの話題ではアリストテレス的認知が活用されているという話にとび、そのアナロジーがフォームの必要性の話題につながる。潜在的な資質を形式化することで、可能性を現実性として運動にシフトしていくプログラムの話。J.デューイのヘーゲリアン・ウェイの話やブルームの学びの分類学をどのように換骨奪胎するのか盛り上がる。これも私立学校の奥行きの一例である。

☆ある学校の校長とは、戦後教育基本法の成立の背景の話で盛り上がる。二人のシゲルの背景のカトリック人脈とプロテスタント人脈の話。しかし、そこに水戸学の流れが実はあることを忘れては、明治維新以降の≪私学の系譜≫について正確に把握することができないとか、二人のうちの片方のシゲルの弟子である丸山真男の著作集すべてを生徒と議論する読書会を終え、次はマックス・ウェーバーに取り組むとか、そんな大学のゼミみたいな授業の話で盛り上がるのだ。これも私立学校の奥行きの一例。

☆ある学校の校長とは、アメリカのプレップスクールの優秀性についての話題で盛り上がりながら、同時に日本の私立学校の教育活動が良き影響を与えていることについて知らされ、改めて日本の私立学校の精神的豊かさに感じ入った。エジソンがブレインに日本人を雇いリスペクトしていた話と同じ構造である。エジソンは、聖書ではなく新渡戸稲造の「武士道」を座右の銘としていたが、プレップスクールが日本の私立学校の道の教育を導入しているのは、エジソンと共感するものがある。

☆そして話題にのぼっていたケイトスクールやチャドウィックスクールのようなプレップスクールの教育は教科学習がメインではなく、プロジェクト・ベース学習。日本の私立学校が、芸術活動やプレゼンのためのプログラムを数多く創造しているのと共通してもいる。私立学校の奥行きが、世界に通じる驚きの話なのだが、そんなことは文科省も教育委員会も知る由もない。なんてもったいないのだろう。

☆ある私立学校では、アメリカのキリスト教についての話題で盛り上がる。カトリックでもなく、プロテスタントでもなく、ピューリタニズムなのだという話は目から鱗だった。この話を聞かねば、EUとアメリカ合衆国と太平洋国家の話題のコアな部分の理解ができなかった。

☆ヴォーリーズの建築が建物設計を超えて、神の国建設のための偉業だったことや、軽井沢人脈がなぜ戦後教育基本法や現政権民主党のかかげる友愛思想を生んだのかも理解できなかっただろう。軽井沢人脈の中にあの内村鑑三と新渡戸稲造がいるわけだし。ともあれこれも私立学校の奥行きの一例である。

☆ある私立学校の校長と与謝野晶子とその友人たちのかかわりの話題で盛り上がったが。これがまたおもしろい。≪女学生の系譜≫こそ私立女子校の系譜であり、シングルスクールか共学校かの本当の存在理由の議論のヒントがある。フレデリック・オベリンがなぜアルザスで祈り続けたのか。アルザスとはヨーロッパ市民のあらゆる格差の闘争の場である。その闘争の苦悩をどのように継承しているのか。

☆≪女学生の系譜≫については、今後の課題である。この系譜の中で、もう一人学ばなければならないのはアダム・スミスのコミュニケーション論である。「道徳感情論」の読み解きが、この系譜の存在理由を解き明かすヒントだが、私の頭ではついていけないだろう。ともあれ、私立学校の奥行きの無限大の容量に驚愕する一年であった。

☆説明会の内容や生徒獲得戦略の話題ではなかなか見えてこない私立学校の永遠の不思議な輪。いつまでも偏差値や大学進学実績ばかりを追うのではなく、マスコミとしての使命はこの見えないリングを読者に知らせることの方が大事なのではないだろうか。

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