クオリティスクールの新コンセプト[003]
☆中学入試の応募が始まっている。もちろん始まったばかりで、全貌は見えないが、CCPベースの学校について気づいたことを書きとめていこう。
☆神奈川エリアの女子校で聖園女学院が今年も好調か。締め切りはまだまだ先だから、これからなのだろうが、2次の4科入試の応募者はすでに昨年を上回っている。応募者の数を変えるとか、試験日の名称を変えるとか、生徒募集戦略の技術的なこともあるかもしれないが、おそらく純粋にクオリティの高い教育に共鳴して集まっているのだと思う。
☆学校説明会に足を踏み入れたときに、受験生と保護者は、自然教育空間に誘われる。EU議会や国連、パリのユネスコに訪れたときに、共通して気づくことは、空間の随所にシンボルがあるということだ。そのシンボルからは、もちろん平和と崇高な魂を感じ取ってほしいというメッセージが投げかけられる。
☆美術館のようなアート空間デザインがあるわけだが、聖園女学院にも同じ質のものがある。自然という空間と居場所の空間、そしてキリスト教のシンボル。問いかけられるメッセージは、謙虚な気持ちで真実のあなた自身になろうよ、あなたの言葉で、あなたの表現で語りかけようよというような感じがする。主観的と言われるかも知れないが、同学院を選択する人はたぶんそんなことを感じているのではないだろうか。
☆それから、芸術鑑賞や海外研修、自己実現研修、もちろん文化祭など特別なイベントが多い。クリエイティブな思考力や行動力をフル回転しなければならないプログラムが目白押しだが、なんといっても随所にロゴスがある。立ち止まっては思いを馳せる。
☆しかも、そのロゴスは学校が与えるものだけではないのだ。生徒自らが選択するものもある。聖園女学院にとって、言葉はアートである。アートは言葉である。アートは空間である。空間は時間を超えるメディテーションという内面的な空間にシフトするしかけがある。そこで、言葉とアートが融合する。そして、その思いが形になる。
☆思いという潜在的な質が、表現という形相としてデザインされる。その思いは驕らず、純真で、かれんではあるし、無邪気な童心もあるけれど、非常に強い意志が働く。ナチという近代のカタストロフィーの典型と象徴と戦い抜いたバウハウスのアーティストの魂と技術がシラバスとしてある。
☆もちろん、こんなうだうだ説明する必要はない。すでに高度な暗黙知として「ある」のである。だから、訪れた受験生は感じるのである。そしてまたそういう繊細な感性を、中学受験という一見ストレスの高いトレーニングの環境下におかれた受験生や保護者に覚醒させる説明会プログラムを実施しているのが心地よい。
☆聖園女学院もCCPベースの学校なのである。
* CCP=Creative Communication Project
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