受験市場から教育多層市場へ [06]
受験市場から教育多層市場へ [05]のつづき。
☆CCP(クリエイティブ・コミュニケーション・プロジェクト)という名称で、プログラムを組んでいる学校はない。この名称はあくまでも私立中高一貫校のプログラムを見て、CCPになっているかどうかを評価する言葉である。自己実現プログラムとか、キャリアデザインプログラムとかはその対象になるが、実は教科の授業そのものがCCPになっている場合がある。
☆ただし、その場合、1人の心ある教師が取り組んではいるが、学内の他の教員がその価値を認めていないケースもある。そんなときはその心ある教師は孤軍奮闘し、満身創痍になるが、そもそもそんなことは百も承知で実践しているために、自分の心の痛み以上に子どもたちの未来が痛むのが耐えられないという思いの方が勝ってしまうのだ。
☆それはCCPを実践している学校も同じことが言える。受験市場では、そんなことより大学進学実績を出さないと偏差値があがらないよと煽られながらも、鴎友学園女子のように、CCPの道を歩む学校があるのだ。誠の道以外にどんな選択があるのかと。
☆その勇気と気概に触れるたびに、頭が下がるし、なんとか応援したいと思うのだが、いつも非力な自分の存在に気づき、情けない気持ちで一杯になる。私ができるのは、CCPを行っている教師や学校を紹介していけるだけである。
☆そんなことを思っているときに、盟友たちが、大学入試の問題を提供してくれた。受験市場的に今まで通り解くこともできるから、わざわざCCPのプログラム開発は不要と思われるかもしれないが、実はCCPの立場に立って見ると、大学受験勉強そのものがワクワクしてくるのではないかと。
☆はじめは、盟友たちは、CCPが役に立つか役にたたないか実際に大学入試問題をその視点で見直してみようという軽い感覚で解き始めたのだが、年末の忘年会で、入試問題によっては良質の問いの塊、つまりクオリティの高い問いがあるという話で盛り上がった。
☆クオリティの高い問いというのは、問いと解答の連鎖になるから、コミュニケーションそのものだが、知っている知識を確認するための、つまりどうだこんなのちゃんと覚えてきたかぁっというような抑圧的なコミュニケーションではなくて、ある条件をリスペクトしたうえで自由な考え方を構築・編集してみてよというクリエイティブ・コミュニケーションシステムを活用できるか試す問題だという。
☆東大の英語の問題や数学の問題に、すでにクリティカルシンキングをストレートに問うものが出題されていたりしていて、いつものように受験市場的に解いても良いが、CCP的立場で解くと、想像力が広がる。大学入試問題で想像力を育成できるチャンスが生まれるというのは、実にパラドクスでおもしろいじゃないかと大盛り上がりになった。
☆ノーベル文学賞受賞作家大江健三郎さんは、東大を一浪して合格しているが、なぜ現役時代にパスできなかったかという点について、試験本番で想像力を発揮してしまったからだと振り返っていた。想像力を抑えて、ただひたすら論理だけで臨めば良かったのだが、行間の彼方に思いを馳せ、問題を解くどころではなかったという。
☆まさにクリエイティブ・コミュニケーション行為の話ではないか。クリエイティビティを自分なりにどうファシリテートできるかがCCPのプログラムだからだ。大江さんが現役時代から一浪時代にシフトしたコミュニケーション能力のパラダイムシフトこそCCPのプログラムそのものである。
☆まあしかし、そこは大江さんの高度な暗黙知で、そこをどうやっていったんプログラムとして形式知として表現するか、それには国際標準の基準をいくつか参照して独自のものに収束していけばよいという話になった。OECD/PISAを研究している盟友もいるし、新ブルーム派の盟友もいる、認知科学的アプローチをする敬愛している先生もいる、GEBの発想を有している尊敬している先生もいる・・・。なんかできそうな気がした年末だった。
☆教育産業の友人たちとも、そのへんは今年の宿題としようよとメールや電話でやりとりもできた。心ある教師と学校を応援できる流れが、教育市場にも生まれることを期待したい。
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