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21世紀型スキルの教育とは

☆5月8日東京国際フォーラムで開催された東京私立中学合同相談会について、ベネッセの小村氏から、こんなメールをいただいた。出来るヤツとは、感想で終わらないビジョンとそれを支える新バージョンを持っている。バージョンの差異こそ商機が生まれる泉であるから。

☆ともあれ、メールの一部を紹介しよう。とても参考になる。

30年先の日本の教育を形作るためには
私学がさまざまな教育理念を形にして、世に問うことが不可欠だと思います。
その点、今回のイベントは非常に意義深いものだと思います。
この不況のなか、2万人の人が集まってよかったです。
別件ですが、以下はマイクロソフト、インテル、シスコが協賛している
21世紀スキルの記事です。
インテルの担当者へのインタビューが記事化され、
ネット上で話題を集めています。
ご参考までにお送りします。
http://journal.mycom.co.jp/articles/2010/04/30/21st_century_skills_intel/index.html

☆別件?そうはいっているが、ものすごい結び付きがある。

☆さまざまな教育理念を形にして、世に問うことが不可欠。なんて宮台的なのだろう。理念を問うということは、まさか押し付け理念ではないよね、理念とは本源的未規定性なのだから、共同体のメンバーは常に問い返さねばならない。たとえば、麻布は、麻布の自由ってなんだと在校生もOBも、実は麻布を志望している受験生も侃々諤々なのだ。

☆だから、もし○○的自由という形で、麻布の自由をシフトして固定化してしまうと少し問題かもしれない。理念を問わなくても、東大にはたくさん入るからよいのかもしれないが・・・。やはり理念の共有は、問い返すというソクラテス型議論が必須。

☆この本源的未規定性なる理念を2万もの参加者にさらけだす勇気を小村氏は讃えているのだけれど、別件と称しながら、実はではそのことはどんな価値があるのかというと、その問い返しの構えこそ、21世紀型スキルの発想なのだと言っているのではあるまいか。そしてそのスキルによって、よりもっとそこのところを拡大できるよということなのだろう。

☆21世紀型スキルの発想が今回の合同相談会に充ちているというのは、サイトを開いてみればすぐにわかる。21世紀型スキルとして、ペイジ・ジョンソン氏(インテルコーポレーションのコーポレート・アフェア・グループの初等中等教育グローバル・マネージャー、インテル教育プログラムを担当)が、列挙しているのは次の通り。

①批判的思考力(批評精神を持って考える力)と問題解決能力
②コミュニケーションとコラボレーションの能力
③自立的に学習する力
④ICT(情報通信テクノロジー)を確実に扱うことのできる能力・スキル
⑤グローバルな認識と社会市民としての意識
⑥金融・経済に対する教養
⑦数学、科学、工学、言語や芸術といった分野への理解を深めること
⑧創造性

☆オー、私学の動きとビジョンは同じではないかと、まずは軽く思っていただきたい。しかし、そのうえで、なぜインテルか、なぜ小村氏が紹介したのかとふと立ち止まっていただきたい。

☆それはバージョンのシフトがあるということなのではないだろうか。ビジョンは同じでもバージョンが違う。上記の項目は当たり前であると思った瞬間に、それは教育1.0から教育2.0にすでにシフトしている証しなのであるが、この8つの項目は結局知のインフラで結び付いているなぁと思ったとしたら、教育2.2にシフトしている。しかし、それが教育3.0になるには、ジョンソン氏の言うようななんらかの総合的な知のインフラを実際に活用していなければならない。ジョンソン氏は、それを知のインフラとは言わず、デジタル・コンテンツと称しているけれど、ともあれそのコンテンツの1つの電子教科書についてこう述べている。

①生徒一人一人がPCを持ち、そこに様々なデジタルコンテンツ(学習アプリ)が入っている。生徒の作業をPCがモニタリングし、教員へフィードバックを行う。これによって、学習の評価や今後の目標設定などを加えたり修正するといった作業も可能になる。

②フォーム型の教科書ではできなかった、学習のパーソナライズ化が可能となる。子どもたちが各自、のめり込み易い学習経路を辿りながら、中核となる学習コンテンツに到達することができるようになる。

③インターネット接続によって、同じ教室にいなくてもコラボレーションして学習作業ができる。

④これまでのコンテンツの概念とは異なったものになる。世界中のアイディアがつながることも可能になり、さらに縦型データシステムと連携させて、教育庁、教育委員会、教員、親が学習の進捗情報を把握することができる。

☆実は私も2000年の正月に、似たようなアイデアをホンマノオト(教育改革に関する簡易な提案)に書き込んでいる。そしてそのあと実際そのデジタルコンテンツ用のソフト「バーチャルノート」を仲間と開発したけれど、そのときはうまくいかなかった。なにせ光はなかったし、iPadもなかったから、しかたがない。というのは口実。実はどうしてもコントロールせざるを得ない学びの動作環境を抜けきれなかったのである。

☆これはHonda「発見・体験学習」のプログラムをデザインした時も同じ、初回の実験ではそれができたが、商品になるや難しかった。つまり、ジョンソン氏の「子どもたちが各自、のめり込み易い学習経路を辿りながら、中核となる学習コンテンツに到達することができるようになる」という89年にベルリンの壁崩壊とともに一気呵成にあふれ出た新しい学習理論のビジョンを現実態にできなかった。やはりバージョンの問題である。新しい社会や世界を実現する知のインフラと新しい意識のシェアのシナジー効果をコーディネートできなかった。

☆私学が「生まれる時代を選べない。しかし、時代を変えることはできる」というのは、どのバージョンに生まれるかは選べないけれど、時代の要請にしたがったスキルを獲得することによって、バージョンを変えることはできるということである。そして、そのバージョンを支えるのはやはりビジョンとしての理念である。

☆しかし、その理念は不易流行という本源的未規定性なのである。流行のない不易は、新しいバージョンを構成できないということだろう。

☆ところで、小村氏の出身中高は、宮台氏と同じだったような・・・。なるほどなぁ。やはり理念は不易不変ではなく不易普遍だったわけだ。

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