西武学園文理の内蔵秩序
☆ベネッセコーポレーション主催の「ムハマド・ユヌス氏と中学生の対話」の会のプログラムは、ユヌス氏が去ってからも続いた。参加した生徒達による新聞づくりであるが、その新聞を、今回の仕掛け人であるベネッセのスタッフ小村氏から見せていただいた。
☆みんな論理的思考がきっちりしていてさすがだと感心させられたが、その中で麻布と西武文理の生徒の論考の中に目を引くものがあった。
☆論理的思考ができるだけでもたいしたものなのだが、今回ユヌス氏の話だけを聞いて論理的にニュースにするだけだと、ともすればマザー・テレサとユヌス氏の差異が見えにくくなる。
☆「想像」「創造」「他者」「利益よりも」「社会に役立つ」「問題解決」「楽しむ」といったキーワードを中心に論理的に思考すると、マザー・テレサと変わらない考え方に行きついてしまいがちだ。
☆しかし、ユヌス氏はあくまで企業家である。資本主義を肯定している。そこの違いを鋭く了解し、そこに共鳴している生徒が麻布と西武学園文理にいたのだ。
☆つまり、ユヌス氏の語るように、今回の新聞づくりで批判的あるいは創造的思考を展開したわけである。
☆論理的思考は、想像や創造は大事だと論理的に語り、想像力をたくましくするわけではない。
☆そのパラドクスに気づいた生徒がいたということに、小村氏の「内蔵秩序」を形成するボーム的対話の糸口が見えたと思った。
☆麻布の生徒は、伝統的にパラドクシカルな思考が比較的得意な生徒が集まっている。というのも入試問題がすでにそのように作られているからである。
☆それがよいのかどうかわからないが、アインシュタインをはじめ、世界で通用する思想というのはパラドクスを見える化し、それをどう問題解決するかに長けている。ユヌス氏も、バックミンスター・フラーの「宇宙船地球号」の発想を提示し、そのメンバーとしてのパラドクスをどう解決するのという問いかけをしていたはず。
☆とにかく世界に通用する思考力というのは、論理的思考だけではだめなのである。しかし、学校教育法では、中学段階では論理的思考までと規定している。創造的思考は高校からであると。
☆ところが公立を中心とする高校は、東大を頂点とする大学に合格するための勉強が中心になる。受験で必要な思考力は論理的思考までで十分。だから、現場では創造力を養うプログラムは皆無といって過言ではないだろう。むしろ創造力は否定される。主観だからと・・・。
☆しかし、主観のない思考力は、個性がないということ。人間でないということ。これは極端か・・・。
☆ともあれ、西武学園文理は、このような学校越境的なチャンスに生徒が参加するモチベーションをあげる仕掛けをデザインしている。そのとき生徒を解放するか、あくまで学校の延長上の思考の規制を続けているかで、生徒の思考の展開のベクトルが決まる。
☆西武学園文理は、そこを規制するのではなくファシリテートする力があるということだろう。埼玉エリアの私学は、基本東大ピラミッドの中での位階秩序の中での競争が足場であろう。その中でその足場を一蹴しようとしているのが、西武学園文理なのかもしれない。
☆世界を変える力を教育に結び付けた小村氏の想いが伝わったということか・・・。
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