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英語力に文法は欠かせない。ただし・・・。

☆イギリスの大学や大学院で学んでいる日本人に、英語の勉強について聞いてみると、おもしろいのは、共通して一般化することに意味を見出していないところだ。

☆たいていは、人によるという回答がまず返ってくる。そのうえで、日本の学校で、英語と日本語の違いについて教えられていることが、あまり役に立たないというか、どうでもよいというか、そんな議論になる。

☆たとえば、日本の学校では、文法はあまりに気にしなくていいんだとか、文法が大事だという話になるが、どちらも当たってないという話になる。文法は気にしないと、アカデミック・エッセイのときに英文は書けないという。

☆一方で、英文法を日本語で学ぶのと英語で学ぶのとは何かが違うと。日本語だと文法だけのトレーニングになりがちだが、英語で学ぶと背景や文脈が豊富だから、ピンとくる何かがあるのだという。日本語で英語を学ぶことに問題があるというより、暗記に偏った文法のトレーニングのせいかもと。

☆それから、日本語と英語の違いは、小論文を書くときに、最初に主張をはっきり言うか言わないかだというような話にもなるが、それは日本語の小論文も同じで、そこに違いがあるのではないと。

☆同じ主張でも、日本人は相手の気持ちを配慮してストレートに言わない文化があるから、その表現の方法が違うということではないかと。だから、日本人チームやイタリア人チーム、スペイン人チームに分かれてディスカッションすると、日本人チームはスタートがどうしても遅くなるという。それに日本人にとってチャットとディスカッションは違うイメージがあるけれど、イギリスではかなり連続性がある。要するに良い加減に議論するのだとも。

☆それに、アイエルツ(IELTS)のライティングとアカデミック・エッセイでは書き方が違うから、日本語と英語の違いなんていう十把一絡げ的なテーマそのものの設定がおかしいのではないかと。まあ、人によるけどねと。

☆ニュース記事や小説などの文章の形態によって、書き方は違うから、そういう話し合いはあまり有益ではないのではないかと。それに海外で勉強すれば英語ができるようになるというのも人によると。

☆とにかく中国人はたくさん留学しているけれど、4年間イギリスにいても英語がうまくならない場合もあると。なにせたくさんいるから、イギリスで中国語で会話しているとなかなかうまくならないようだ。それはかつての日本人も同じではないかと。最近では日本の留学生が少ないから、どうしても英語を使わざるをえないのだと。

☆だから、日本でまったく日本語を使わない環境があれば、それでよいのではと。ただし、それはレアケースなので、どうしても海外経験が相対的に有益にならざるを得ないのではないかと。

☆たしかに、日本のいわゆる偏差値の高い高校から留学している子とそうでない子の始めのデフォルトの違いはすさまじいらしい。ボキャブラリーと文法の力は歴然としていると。しかし、1年経つと、結局は偏差値は関係なくなるようだ。人によるのであると。

☆そのぐらいになると、英語ができてるだけではだめで、自分のやりたいことが明確になっているかどうかが極めて重要になるという。語学留学だけだとそれでよいが、大学や大学院で学ぶには、コンセプトやアイデアをプレゼンできる力がとにかくいるのだという。

☆そればかりは、英語力ではないようだ。結局人間の広さと深さがないとということ。それこそ教養なのかもしれない。個性なのかもしれないし、才能なのかもしれない。

☆高校時代、現役予備校に通って、自分の学校より偏差値の高い学校の生徒とコミュニケーションすると、なんとなく居心地悪かったけれど、そういうことにこだわること自体、自分の人生の機会損失のような気がすると気づいたと。それも予備校経験がないと気づかないことだからそれはそれでよいのではないかと言うと、それは気づかくても人生にはあまり関係ないようなことかもしれないとさらりと反論がかえってきた。

☆それにしても、日本語と英語の本当の違いは、コミュニケーションの状態だということのようだ。論理的思考力があるかどうかの前に、相手に気を遣うかそうでないかの程度が違うのだと。相手を傷つけないようにという気持ちが表現を内包的にし、明快な表現でなくなると。外延的な表現で、すぱっと言える関係かどうかの違いのようだ。

☆だから、英語で話す時と日本語話す時は、表現が変わるらしい。しかし、それは話す相手が目の前にいての話しで、相手がいないのに表現が変わることはないとも。そのスイッチの切り替えをしない留学生は、もはや日本で仕事をしようということは念頭にない可能性があると。今のところ日本では生きづらいのだからということらしい。

☆ここに日本人がグローバリゼーションに本当の意味で乗れるかどうかのヒントがあるような気がした。

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