鴎友前校長清水哲夫先生「私学の教師像」語る
☆未来の教員を養成している大学は、公立学校の研究はしているが、私立学校の研究はまったくしていない。そのため、未来の教員は、私立学校に勤務しない限り、私立の存在意義に気づかない。
☆本来、成熟した民主国家としては、教育の多様性が確保されているのは当たり前なのだが、実際にはこの重要性に気づいていないケースが多い。私立学校と言えば、格差社会を形成するきっかけだとか進学指導重点教育を行っているとかという幻想があるが、実は私学の存在意義は、成熟した民主主義を形成していくには欠かせない機能を有しているのであると。
☆それを踏まえて、清水先生は、どういう教師を採用するのか、教師像について語られた。そして、教科指導力と人間力の合力の大きな人材を採用したいのであると。
☆しかし、問題は人間力のある教師をどのように認識することができるのかと清水先生は参加者に問いかける。教科指導力は大学の成績や教員採用の試験のスコアで識別することはできる。しかし、真理や普遍的価値を軽視する表面的個性化の進行が、共に生きる利他的な行動ができる人間性を喪失させてきたポストモダニズムの時代にあって、どうやって豊かな人間力のある人材を教師として採用できるのだろうか。
☆現在教師を志望する20歳代の小学校6年生のころの絵画を例に、その難しさを検証(あまりに強烈で、そのインパクトをここで表現する力を筆者は持っていない)。同時に嘆いているだけではだめであると、ラインホルド・ニーバーの祈り(*)を紹介し、清水先生は自らを奮い立たせながら、未来の教員にメッセージを投げかけた。その教員への想いとは、
① 人のために役立てる・生き甲斐
② 専門職としてのプロ意識・教育学の実践者
③ 人間相手の仕事・関わることの楽しさ
④ 生涯学習を必要とする職種:共に学び共に成長する。研修なくして私学なし。
⑤ 教科指導→生き方を問い続ける学び
☆そしてこの想いに共通するベースとして、ユネスコの「21世紀教育国際委員会」(1993年正式発足)が世界に提示した学習の4本柱を紹介した。
① Learning to know 知の学び
② Learning to do 行うことの学び
③ Learning to live together 共に生きる 生き抜く(survive)ではない
④ Learning to be
☆この中で、清水先生の次の指摘はインパクトがあった。つまり、共に生きるということと独りで生き抜くことの違いを理解することが重要であるという指摘、及びto doの前にto beであることが問われていることを忘れてはならないという指摘は特に印象的であった。
☆そして、ポストモダニズムが忘却してきた普遍的価値、存在の重さを私立中高が回復するために、自己意志(will)と他者受容(respect)のペアを教員も生徒も核にしていきたい。そういう意味で意識の高い新しいエリートの集まりが私立中高なのであり、これからは私学の時代なのであると、清水先生は高らかに宣言されて講演を終えた。
* ラインホルド・ニーバーの祈り
(ニーバーの弟子である聖学院理事長大木英夫先生が日本に紹介した)
神よ、
変えることのできるものについて、
それを変えるだけの勇気をわれらに与えたまえ。
変えることのできないものについては、
それを受けいれるだけの冷静さを与えたまえ。
そして、
変えることのできるものと、変えることのできないものとを、
識別する知恵を与えたまえ。
潜在的に人間力を持った人材であるかどうかを見抜くための強い意志がここには込められているということだろう。
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