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2011年度の中学入試のゆくえ⑤ 私学人の授業

2011年度の中学入試のゆくえ④ 私学人の対話のつづき。

☆私学人の草莽崛起な対話は、そのまま授業のコミュニケーションにつながる。私学人にとって、実際には、思考と技術は別物ではない。技術の進化は思考の進化でもある。思考の進化は技術の進化でもある。

☆だから、技術を通して思考を育てるという段階では、ビジョンやコンセプト、理念へと思考は広がらない。

☆技術を通して思考を生みだす段階は、戦略思考や戦術思考どまりである。ポストモダニズムの消費生活では、それでよいとされているのかもしれない。

☆いずれにしても、情報を確認し、情報を整理し、情報を比較し、情報を論理的に編集し、情報を批判的にとらえ返し、新しい情報を生みだすというサイクルは、ツールやロールのプランニングをする段階でも回転している。

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☆それだけでも十分なのかもしれないが、なぜそれが回転するのかは、目標や戦略・戦術のデザインの技術が必要である。どんな技術か?やはり、ここでも「情報を確認し、情報を整理し、情報を比較し、情報を論理的に編集し、情報を批判的にとらえ返し、新しい情報を生みだす」というサイクル。

☆しかし、当然次元が違う。目標は自律して同時に時代に共鳴する感覚が鳴り響いている。そこから回転が始まるのである。この回転に合わせる細部の回転として、ツールやロールのプランニングが行動を開始するのである。

☆では、そのような目標はどこから生まれてくるのだろうか。時代の精神の受容力である。そしてビジョンが生まれる。このビジョンを考える技術は?これまた、「情報を確認し、情報を整理し、情報を比較し、情報を論理的に編集し、情報を批判的にとらえ返し、新しい情報を生みだす」というサイクル。

☆目標が時代の精神と呼応する次元でサイクルは稼働する。そしてその時代の精神は、時代の普遍的な要請から形作られる。この要請を考える技術もまた、同様のサイクルである。

☆そしてこの要請は、時代からやってくるだけではなく、自己の内面の座標軸である理念からやってくる。たしかに時代に拘束されているが、それを時代を超える自己の道を見出す次元にまで登るのである。それゆえ、私学人は「生まれる時代を選べない。しかし、時代を変えることはできる」と語るのである。

☆理念なんてなくてよいと言ってしまえば、それは時代に翻弄されながら流されていくよと表明しているようなものなのである。あるいは他律を受け入れ、コントロールされるまま生きていくよということなのである。

☆ともあれ、大事なことはこの高みに登って俗に還る大きなサイクルを常に回しているのが私学人の対話であり、私学人の授業のコミュニケーションであるということなのだ。この折り返し地点こそ、内面のコペルニクス的転回である。この転回を生徒とのコミュニケーションの中で共に経験することこそが私学人の授業の醍醐味である。

☆ルーチンの技術が、高みへ浮上するとき、生徒はハッと気づき、覚醒する。トレーニングとはルーチンの技術をがまんして鍛えることではない。土くれが、価値ある芸術に変化し、価値ある芸術が価値あるルーチンや素材を見出す業そのものがトレーニングなのである。

☆「銀の匙」一冊で中学3年間の国語の授業を行った伝説の灘中教師橋本武先生の「奇跡の教室」では、まさにそういうコミュニケーションが行われていたに違いない。

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