« 2011年度の中学入試のゆくえ④ 私学人の対話 | トップページ | 2011年度の中学入試のゆくえ⑤ 私学人の授業 »

私学人の表現

☆昨日(2月17日)のコラム「産経抄」は、竜馬の言葉を紹介している。

「一つの概念をしゃべるとき、その内容か表現に独創性がなければ男子は沈黙しているべきだと竜馬は思っている」(『竜馬がゆく』)。司馬遼太郎が竜馬を通して、政治家の言葉の重みについて語っている。

☆胸に染みいる言葉である。そして、多くの私学人の表現に共通した言葉の重みである。しかし、当時、竜馬のその独創性は、竜馬の「言葉を通して」理解されたかというと、その判断は難しい。

☆北田暁大東大教授(聖光学院出身)は、「<意味>への抗い」(せりか書房)で、「言葉を通して(durch)」では、コミュニケーションは真意を伝えることはできず、無限の誤謬を広げていくものだ。「言葉において(in)」伝わる内容が生まれるのだと。

☆言葉の媒介性と無媒介性。前者は経済合理主義。後者は芸術創造主義。両者のバランスは難しい。

☆もっとも、この理解も、私が「北田教授の言葉を通して」理解しているから、おそらく正確ではないだろう。

☆言葉のもどかしさ。

☆それゆえ、私学人は常に独創性に挑んで語り続けるのであろう。

|

« 2011年度の中学入試のゆくえ④ 私学人の対話 | トップページ | 2011年度の中学入試のゆくえ⑤ 私学人の授業 »

私学の系譜」カテゴリの記事