学校選び 選択の自律情報生態系のために
☆ある本の記述。
今日のいわゆる原子力時代は、まさに文字通り「死の時代」であって、「われらの日をかぞえる」どころではなく、極端にいえば明日一日の生存さえも期しがたいのである。改めて戒告せられるまでもなく、われわれは二六時中死に脅かされつづけて居るのだからである。しかし、それではわれわれは果たして、この死の威嚇によって賢さを身につけ智慧の心を有するに至ったであろうか。否、今日の人間は死の戒告をすなおに受納れるどころではなく、反対にどうかしてこの戒告を忘れ威嚇を逃れようと狂奔する。戒告を神に祈るなどとは思いも寄らぬ、与えられる戒告威嚇の取消しを迫ってやまないのである。例えば毎日のラジオが、たあいない娯楽番組に爆笑を強い、芸術の名に値いせざる歌謡演劇に一時の慰楽を競うのは、ただ一刻でも死を忘れさせ生を楽しませようというためではないか。「死を忘れるな」の反対に、「死を忘れよ」が、現代人のモットーであるといわなければなるまい。
☆この記述は、1958年に発表された田辺元の「メメント モリ(死を忘れるな)」の一節である。今回の地震、津波、原発事故をめぐる様々な人の姿勢や言動、気持ちが表現されているのではないだろうか。
☆田辺元は、原爆による敗戦を迎えた当事者であり、今回の情況と同じ構造を共有し、同じ気持ちをシェアしているように思える。
☆死を忘れて生の中に希望を見出していく価値観と死を忘れないで生きる智慧を身につけることを大切にする価値観との相克は、戦後結局解決されぬまま今も続いているということだろう。
☆田辺元が「今日」といったとき、その「今日」とは「死の時代」を乗り越えるときまでの時代のスパンを言っているのであるが、「もはや戦後ではない」という官僚スローガンなどにあるように、そのことを忘れてきたのである。つまり、そのスローガンは、実は「死を忘れよ」という価値観の反復だったのである。
☆この官僚的な発想は、今も続いているのは、メディアがくっきりと映し出しており、最近の評論家も、そこを突く雰囲気をかもしだしている。しかし、それもまた、田辺元のような智慧を大切にしてるというよりは、今回の事態を、メディア的にどう編集するかというシナリオの一過程にすぎないと思っておいた方がよいかもしれない。
☆というのも、この智慧は結局、今回の事態を今回こそ、新たな局面で解決することを実践しようとしている人々の中にしか生まれないし、その智慧を次の世代である今の子どもたちにどのように継承していくのか教育実践をしている教師や学校環境、学びの環境でしか継承されないからだ。
☆そういう意味で、公立であるか私立であるか、公立の中でどこを選ぶか、私立の中でどこを選ぶかは、極めて重要になってくる。そしてその選択基準は、もはや大学進学実績や偏差値などという他者に操作されている指標で選んでいては、また「死の戒告」に耳をふさぎ、田辺元の言う「今日」から脱することはできない。
☆「死の戒告」とは、田辺元にとって、「生きる」ということなのである。「死を忘れよ」ということは「生きるな」ということなのである。田辺元にとって「生きる」とは「実存共同」を意味する。
☆たとえば、漱石を読み影響をうけるとき、それは「実存共同」のプロセスにの中に投げ入れられるのである。漱石はすでに死んでいるが、漱石の死を忘れないことは、漱石と共に生きることなのである。
☆また、子どもの未来を考え、思い悩む人は、子どもが大人になったとき、すでに死んでいるかもしれないという意味で、死を互いに忘れない実存共同態を互いの絆として生きているということなのである。
☆もちろん、いま、ここで互いに助け合っていきていく状態も実存共同であるが、限られた時間だけで、生きることを目的にするや、そこから過去も未来も消失する。つまりメメント モリは失われるのである。
☆公立にも私立にも、目標という意味での理念はあるだろう。しかし、「死を忘れない」という「死の戒告」を背景にもった理念を公立学校は、制度上有することはできない。そういう意味では、日本国憲法はその前文と宗教教育を公立に認めない条文との間に自己矛盾を含んでいる可能性がある。
☆だから、戦後教育基本法と改革基本法の間にも矛盾が生じているのである。戦後教育基本法は、田辺元と思想と価値観を共有していたのだから。
☆もっとも、高度な政治上の問題と行政の限界があるから、明快に表現することはできないだろうが、文科省の副大臣鈴木寛氏は、その矛盾を公立学校の中で解決しようとしているように思える。だからこそ実存そのものであるのだが。そして「熟議」は「共同」の媒介項そのものでもある。
☆そうなると、私立学校は、よりいっそう、実存共同の智慧を明快に標榜しないと、経済原理だけで、選択されることになる。公立学校は公立学校で、就職は大事である、進学も大事だと言いながら、よく企業人を心情的に批判する場合がある。しかし、就職も進学も、経済原理に支配されているのが「今日」なのであり、その自己矛盾をどう自己解決するか問い返さねばならないだろう。
☆生きる場とは、「今日」の就職という「労働」の場だけではなく、仕事をする場であり、活動をする場であり、考える場であり、創造する場であり、智慧のDNAの継承の場であるはずである。
☆もちろん、私立学校の中にも、法人としての登録手続きが公立と違うだけで、「今日」の価値観に支配されているところもある。そのことを認識したうえで、選ぶのはしかたがないが、自律情報生態系という智慧を有して選んでいるのではなく、「死を忘れよう」という理念なき経済操作の結果、選んでいるとしたら、どうだろう。もちろん、どのような選択をするのかは、当事者自身なのだが。
☆ただ、はっきりしていることは、現象が違うだけで、進学実績や偏差値で選択することは、お金の指標で選んでいるということなのだ。経済は重要であるが、それは道徳感情論ありきの経済というのもあるのだという認識眼鏡があるかどうかはまた別の話であろう。
☆では、仮にお金だけではなく、田辺元のいう実存共同の智慧を大切にしているかどうかを知るにはどうしたらよいのか?それは、各学校の授業の質を見ることである。しかしながら、そこは従来ブラックボックスである。特に公立学校はまったくの情報公開はされていないのでないだろうか。今回の原発事故の政府・官僚・企業の答弁が情報隠蔽体質を露見しているけれど、日常の生活において、「授業」という子どもの精神と知識を養うプロセスがどうなっているかは公開されていないのは同根であろう。
☆私立学校でさえ、授業の質を選択者側が判断できるほどの表現を公開しているところは少ないのである。だから、受験前の学校選択において、授業の質を選択基準にすることはできない。
☆プレジデントファミリー(2010年12月号)で、選んだ学校に入学してみて失敗だと思った理由の中で一番多いのは、「授業の内容に不満」だという記事が載っていた。
☆「死を忘れて」いま・ここでを楽しく生きようとすれば、「授業の質」にこだわらず、進学実績と偏差値で選べばよいのである。一方で実存共同態のメンバーとして生きていく智慧を育成したいと思えば、「授業の質」にこだわるとよい。
☆学校選びの価値観の違いは、結局田辺元のいう「今日」の時代の価値観の相克の違いに対応しているのかもしれない。
☆いずれにしても、理念なき経済原理で選択する指標として進学実績と偏差値という明快のスコアがあるわけだが、理念ある経済原理で選択する指標として明快なものがあるわけではない。暗黙知としては存在しているのだが、暗黙知は見えない人にとっては、ないも同然である。死の戒告が見えないのはそういうわけだ・・・。
☆では、どうやって、その授業の質を見出せばよいのか?それは授業の質が反映している「入試問題」である。進学実績が良く、偏差値も一定水準以上ある学校で、入試問題がほとんどどこかの模擬試験みたいな学校がある。その学校の授業は、智慧を育てる授業ではない可能性が高い。
☆麻布、開成、武蔵、海城のような学校の入試問題は、およそいわゆる模擬試験とは違う。授業の質に対応している。そのうえで、進学実績と偏差値が高いわけである。
☆桜蔭や雙葉も入試問題はおもしろい。しかし、授業の質はどうだろう。このとき「今日」的な枠組みの中で、質が高いのか、「今日」を越えようとする枠組みの中で質が高いのかは、さらに検討しなければならない。
☆この検討はどのようにしたらできるのか。それは創設者の精神とその伝統の継承度によって判断は可能である。
☆麻布、開成、武蔵、海城、桜蔭、雙葉の中で、そのルーツをたどっていけば、必ずしも≪私学の系譜≫とはいえない学校があるのはすぐにわかるだろう。理念なき経済原理と理念のある経済原理という軸と≪官学の系譜≫と≪私学の系譜≫という軸で構成した座標軸で、ポジショニングを考えてみると選択のビジョンがみえるだろう。
☆2006年以降に中学を開設したり、改革をした私立学校、たとえば、かえつ有明、広尾学園、共立女子、白梅学園清修、宝仙理数インター、東京都市大、東京都市大等々力、土浦日大中等教育学校、横浜山手中央、早稲田高等学院中等部、中央大学附属中学、公立中高一貫校などのポジショニングは、創設のビジョンが見えやすいがゆえに、ポジションニングを考えるトレーニングになると思う。
☆選択者同士が、そのような視点で熟議をするのもよいだろうし、学校当局がきちんと説明するのもよいだろう。学校がそれを説明するというのは、脱「今日」時代をどう読み解くかコミットメントすることであり、実に学校のミッションでもあろうだろう。
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- 学校選び 選択の自律情報生態系のために(2011.04.07)
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