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私学人 生田清人先生の偉業

☆生田清人先生は、内村鑑三のいう意味で「後世への最大遺物」を創りだす活動を開始した。30年間勤務した開成学園を去り、その間に確立した「地歴」の授業法を、世界の人々が活用できるように一般化しようというプロジェクトに参加されるようだ。

☆もともと学生時代にフランス留学をしていたというから、日本の教育の枠で収まるはずもない。駒沢大学や早稲田大学で教べんもとられていたのは、そういうことだろう。

☆本ブログでも何度も紹介してきた生田先生の生徒のレポート集も、開成においては16冊作られたそうである。授業に参加した生徒は全員提出しなければならない。開成の生徒といえども知の最前線では、なかなか書けない生徒もいたらしい。

☆しかし、そのたびに提出するまで待ち、個人指導も丁寧に行ってきた。その甲斐あって、16冊すべてで未提出者はいない。凄まじい授業である。

☆あらゆる学び・思考の過程は最終的には編集という成果物に仕立て上げられねばならないという授業の信念を生田先生はお持ちなのだ。

☆声の言葉と文字の言葉の統合こそ日本らしい教育の原点である。前者はノビノビ、後者はキッチリ。あるいは前者は遊び、後者は勉強。前者だけだと庶民的であり、後者だけだと官僚的である。両方統合してはじめて市民となる。よって、今まさにこの事態に政局を迎えている日本の政治が、どうしようもないのは、どちらかしかないからだ。

☆市民が主導権を握る国づくり、都市づくりを経験していない日本は、今こそ庶民と官僚を統合された市民がリーダーになるのが時代の要請だろう。

☆3・11と日仏地理教師交流会で、生田先生はそう感じたのではないだろうか。そして、市民は日本市民ではなく、地球市民でなければと。

☆生田先生の授業では、時代の違う地図を読むシーンがある。地図は何も位置関係をしめしているわけではない。自然も産業も生活も災害のリスクも読みとれる。しかもそれは時代の違う地図を比較することによって、ダイナミックな世界のビジョンを読み、書くことができる。まさに生田先生の「地歴」の学びは、人間とは何か問う哲学そのものなのである。

☆たとえば、バルト海を囲む国々を地図で見てみよう。同じように日本海を囲む国々を地図で見てみよう。同じような地政学上の問題が見えるが、その解決方法が全く異なっている。89年前の地図だと比較すると、その違いがもっとよくわかる。TPPの問題を考えるときに、世界地図を見渡すことは重要だ。日本の地図だけ見て解決しようとすると、今回の原発事故と同様の悲劇を救出するのが遅くなる。

☆学校の授業は、教育的配慮によって民主的な活動が制約されてもよいなどというわけのわからない思想はおしまいにしなければならない。授業こそ世界を読み、世界を書き、そして自分の世界を豊かにする思春期の豊かな時空なのである。

☆この時空を経験して社会に旅立たなければ、普通の人だったアイヒマンが、強制収容所で凄惨な行為に邁進するモンスターに変身するように、たいへんなことになる。私たちの時代は、教会でも公民館でもなく、学校の授業の中で世界によって世界を思考するegoless-selfを確立する使命がある。

☆生田清人先生は、そこに向かっているのであろう。内村鑑三は後世への遺物として、お金を残すのもよいだろう、書を書き残すのもよいだろう、教師として教育を残すのもよいだろう、しかし最大の遺物は、「勇ましい高尚なる生涯」を送ることそのものであると語った。

☆その生涯をすべての人が地球市民として送るトレーニングの場を授業の中に取り入れる活動。その活動に邁進することが生田清人先生の生き様なのではないか。≪私学の系譜≫を応援する私も生田先生の活躍を祈るような気持ちでエールをおくりたい。もっともあまりに微力すぎるので、グッドスクールの私学人の先生方の協力が不可欠である。

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