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「難関大合格力がつく中高一貫校」サンデー毎日(8・14)をアレンジ

☆サンデー毎日(8・14)「難関大合格力がつく中高一貫校」の記事の一覧表を少しアレンジしてみた。難関大学に合格させる教育方法は、各学校によってさまざまであるが、大きく二つに分けてみた。(ただし、学校は、原則首都圏の私立中高一貫校を選択。灘、愛光、ラ・サール、白鴎は掲載した。)

☆そのカテゴリーは、「ドメスティックな雰囲気の教育」と「グローバルな雰囲気の教育」という2つ。

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☆「雰囲気」として「教育」としなかったのは、たとえば、海外研修という教育を行っているところとするとたいていは行っていて、機能的にはグローバル教育となってしまう。

☆ところが、海外研修や帰国生入試を行っていても、どうも視野が世界に広がらず、何か国内で生き抜く道具の一つとして、そのような環境を活用しているという雰囲気がある場合がある。

☆このドメスティックな雰囲気は、教育環境やテキスト、言語を道具にすぎないとかツールにすぎないという表現が目立つ場合、立ち上がる。操作性の高い表現を使う雰囲気のコミュニケーション行為が充満している学校の雰囲気は共通している。どこかストレスが高い。

☆もちろんある程度ストレスや緊張感がなければならないが、それは自然体で創造的なコミュニケーション行為が主で、何か攻撃を受けたり、リスクをヘッジするときにストレスが高まったり緊張感が生まれるというのとは雰囲気が違うのである。

☆同じ静けさでも、操作されて静かにしているのか、内燃モチベーションがフロー状態(集中・緊張状態)になっていて静かなのかは大いに違うはず。

☆道徳意識を前面にだし、学習体制を作っていくのと、知的レベルが教養主義的で、その結果として道徳意識が生まれているというのでは、全然違うのである。

☆どちらの雰囲気がよいのかは問題ではない。それは価値観の問題である。また、雰囲気などという指標をカテゴリーにするのはけしからんと言われるのもわかる。なぜなら、雰囲気を尊重するのはグローバルな雰囲気に偏ってしまうからである。つまり、ドメスティックな価値観からすれば、雰囲気は主観にすぎないのである。ドメスティックはすでに秩序が決まっているから、その秩序の規律はあたかも客観的だし、絶対であるから、そんな主観はおかしいのである。

☆しかし、グローバルな秩序はその都度ダイナミックに変わり、指標や基準もめまぐるしく変わる。それは権力の攻防に左右される場合もあるだろう。だから、クリティカルシンキングで、何が本質か根源か、現実の中で考えねばならない。

☆グローバル人材は、世界のGDP競争で優位に立てる対策を立てられる人のみをさすのではない。そのようなGDP競争の指標はそもそも正当なのか、妥当なのか、信頼できるのかクリティカルに思考し、あるときには第三の道を想像できる人材をさす。

☆来年またPISAが始まる。また新しくPIACC(国際成人力調査)も始まる。15歳だけでなく、成人も「知識をどの程度持っているかではなく、課題を見つけて考える力や、知識や情報を活用して課題を解決する力など、実社会で生きていく上での総合的な力」を持っているかどうか国際レベルで調査するというのである。

☆これに対しドメスティックな雰囲気は、そうはいっても知識がなければ、思考はできないだろうとコメントする。たしかにそうだが、その知識の客観性が疑わしいよという話なのである。それは今までのように、国や官庁が決めてくれるわけではない時代だよ、放射能の測定も、すでに被災地の農家は独自にはじめているではないか、それが何よりの兆しなのである。

P.S.

3TRXについては以下のサイトを参照していただければ幸い。

参照記事)「学校選択の3つのベクトル 01」

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