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麻布学園の図書館通信「衣錦尚絅」 時代をつかむ

☆前回、麻布学園の図書館通信「衣錦尚絅」から、2つの記事を紹介した。1つは化学の教員のコラム。もう一つは、図書館読書会開催の記事。

☆この2つの記事の背景には、麻布の教育の真骨頂がみえる。世界の激変に中等教育も無関心でいることはできないほど翻弄される時代がやってきた。そのような世界に生徒が旅立つ準備を麻布学園は生徒と共にしているわけだ。卒業後、時代の波に飲み込まれないように、情報の海でおぼれないように、社会のベクトルの揺らぎに基盤を失わないように、周りを見通すビジョンとそれをたどれる知恵を養おうと。

☆一つ目のコラムでは、20世紀の官僚近代が「永遠なる」普遍性を破壊し、そのあとのポストモダニズムは、進化の方向性を微分化し、価値の雑居性(オムニバス)を生み出した。

☆雑居は、共通の普遍性を失っている(大きな物語の喪失)から、浮遊した趣味的価値観で満ちている。そこでは、もはや啓蒙は何の意味もなく、ただただファンタジーを放ち魅惑すること。その欲望は、すべてお金で買える。

☆そこで二つ目の読書会の記事。実は9・11以降の戦争に典型なように、戦争までが幻想の魅惑的な消費言説で行われる。それでよいのか。普遍性→雑居性の次に来るのは何か?

☆同一性を求める普遍性の復活ではもはやない。麻布の氷上校長は、すでに丸山真男の読書会を数年前に実施した。丸山真男著作集を何人かの生徒と読破したという。

☆丸山真男の現代性は、戦後の官僚近代から離脱する思想構築だった。それはすでに来るべき時代を雑居性の時代と読んでいた。ポストモダニズムとかリキッドモダニズムという現代社会学の思潮が表れる前に。ともあれ、そのような流れに押し流されない強靭な新しい考え方を提案していた。

☆それは、バウマンが語るハイブリッド(雑種性)の時代にかじ取りをしようとしていたのだ。バウマンやベックの未来性を、丸山真男は戦後はやくも見通していたわけだ。

☆しかし、そのパースペクティブを見えないように、時代の要請を覆ったマスクが安全神話だったが、それが3・11によって剥がされた。再びハイブリッドの普遍性を見出す時代の到来である。

☆日常生活やメディアによって、リキッドモダニズムの洗礼を受けている生徒たちに啓蒙の光で、魅惑の幻燈の光を打ち消すことができるのか。麻布学園は、私学人としてのエリートを育成する教育に挑戦しているのではないか。

☆もちろん、現実はなかなか厳しい。麻布OBの政治家を見ると・・・。しかし、古賀氏のような改革元官僚もいる。やはり挑戦は続くだろう。

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