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私立中高一貫校の本当の危機 鈴木寛氏の知を侮るとき③

☆鈴木寛氏自身、真実を知っていると語った。それはどういうことか。何回か紹介したが、鈴木寛氏の知には、ハーバーマスやハンナ・アレントの知見がある。つまり、制度批判理論である。

☆自ら智識コミュニケーションという制度批判理論の種を埋め込みながら、実際に制度化されるときには、そのことにつては沈黙してしまう。

☆しかし、制度批判理論こそ智識コミュニケーション能力の真骨頂である。前回中間報告に載っているコミュニケーション能力のレベル分けを紹介したが、もう一度眺めてみよう。

① 海外旅行会話レベル
② 日常生活会話レベル
③ 業務上の文書・会話レベル
④ 二者間折衝・交渉レベル
⑤ 多数者間折衝・交渉レベル

☆このコミュニケーション能力のレベルは、何が違うレベルなのか。それは情報のやりとりのレベルの違いである。情報が知識から智識に成長するレベルと言ってもよいだろう。

☆となると、このレベルの背景には、OECD/PISAのレベル分けやタクソノミーの段階わけがあることはすぐに見えるだろう。そして、この段階は、ピアジェやヴィゴツキー、コールバーグの認知や道徳の発達論が関係することもわかるはずである。

これらを批判理論の対象としたのは、ハーバーマスである。しかし、ハーバーマスを持ち出すまでもなく、上記のレベル5は、不足しているのである。①から⑤をハーバーマスやPISAなどを参照して、情報の取り扱いのレベルに置き換えてみる。

①情報の想起

②情報の確認

③情報の整理

④論理的思考

⑤批判的思考

☆何も問題ないではないか!すばらしいではないか!となりそうだが、違うのである。というのもPISAにしても、コールバーグにしても、大事なことは情報の差異の情報である。

☆差異に気づくレベルが③と④の間に入っていないと、論理的思考はパラドクスを見破れない。たんなる事務手続きになってしまう。批判的思考もマッチングのズレぐらしか指摘できずに終わってしまう。

☆そして本当の交渉は、教養がものをいう、教養とは趣味ではない。創造的思考力であり、権力を宣伝するアートではなく、権力を退陣させる転換知としてのアートである。

☆コールバーグでさえも、脱慣習段階を思い描いていた。実態は慣習段階だと認識しつつも。

☆この情報の差異の情報と創造的思考を育成するレベルを排除すれば、結局今までと同じじように、99%の労働力に適用する制度ができてしまう。ただ、産業構造の転換に対応できることは重要ではある。

大学のキャリアセンターの本当の問題は、この適応主義の制度化である。英米のデモは、これに対する気づきである。どうして気づけるのか?日本のようにナショナルカリキュラムが画一的でないために、本当の智識コミュニケーション能力が養われる間隙が社会に残っているである。つまりコモンセンスの伝統。それがインターネットで増殖できる感覚をもっているのである。その増殖はコモンセンスという共通感覚でコミュニティに変換され得る。

☆鈴木寛氏は、このまだ制度化されていないコミュニティに期待しているのである。だから、鈴木寛氏の知を侮ってはいけない。もし侮り、私学も制度化に完全に包摂されたなら、進学重点校との偏差値競争しか存在意義がなくなるだろう。そうなることが、本当の危機だと思うが、それでよいのだという考え方ももちろんあるだろう。

☆どちらの道がよいのだろう。それは歴史が決めることだろう。やはりミネルバの梟は、空が灰色にならなければ飛び立たないのであろうか。

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