首都圏中学入試2012[10]
☆iTL(イノベーティブティーチャー)が、どんなことを考え、教育活動や授業を実践しているのか。聖学院の英語の教師である高橋先生のレジュメで考えてみる。テーマは、
「内発的動機付けに注目した授業 グループワークの考察」
☆まずアイスブレイクキングとして、岡新が1945年8月22日に書いたテキストを提示している。岡新は、海軍兵学校首席で卒業し、総力戦研究所で活躍したエリート海軍中将。
☆玉音放送直後の文章であるから、その反省テキストから見え隠れする濃厚なリアリティは、3・11以降を体験した私たちには、身が引き締まる思いが伝わってくる。もっとも高橋先生がプレゼンされたのは、2010年5月12日であるから、体験を超越した普遍的な世界の精神的危機感を有していることが了解できる。
☆こういう世界リスクをなんとかしようという精神が共有されているのが聖学院の教師集団だということでもある。そしてこの危機感、重要なものの不足感、喪失感がモチベーションをあげるというのは、シーモア・パパート教授や松岡正剛氏の発想と同じであるところに、聖学院の教育や学習理論とその実践が21世紀型教育に位置しているということの証であるが、もう少し先を見ていこう。
☆岡新は、おおよそ次のような反省をしている。「新しい科学や文化に背を向け、近代化のスピードを追っていた明治維新当時の先達者の精神を忘却してしまったこと。そして若いときにそれはおかしい、何か違うのではないかというインスピレーションを持っていたのに、それを深く深く追求しなかったこと。体制に従って、批判的思考を活用する勇気が必要だったのに、その勇気がなかったのである」と。
☆この勇気を、戦後の日本人に大事にしてほしいと岡新は語ったのである。この勇気の必要性を語っていたのは、聖学院の初代校長石川角次郎だったし、同時代人で同じく私学人であった内村鑑三である。高橋先生のアイスブレイキングの意図は、深い。
☆そして導入として、松尾芭蕉の次のテキストを提供している。
古人の跡を求めず古人の求めたるところを求めるべし
☆高橋先生もいかに私学人であるか、その気概が伝わってくる。そして、この精神をもって、授業をデザインしていこうという聖学院の教師集団は、iTL(イノベーティブティーチャー)の集団である。
☆さて、この後は、英語の授業のケースを紹介しているので、実際の聖学院のコースに従って論じている。コースによって、モチベーションのあげ方は違うというのは、生徒の成長に合わせて授業をデザインするという具体性が明快。
☆コミュニケーションの方法や心理学的手法(たとえば、ピグマリオン効果や自己成就予言論)などを実践に生かしていることが紹介されている。一方通行的講義形式でないということだろう。
☆また、授業をデザインするときに、Robert Mills Gagneの9つのイベントを活用していることも紹介されている。インストラクショニズムのルーツであるガニエの理論だと思うが、9つの流れをただ意識するのではなく、それぞれのポイントをイベントという立体的な環境をデザインするというのが新鮮な理論だし、実践しやすい視点である。日本語になると、なぜか平板になるので、英語で9つを紹介しておく。
Gain attention
Inform learner of objectives
Stimulate recall of prior learning
Present stimulus material
Provide learner guidance
Elicit performance
Provide feedback
Assess performance
Enhance retention and transfer
☆どのイベントにもアクティブなふくらみを感じることができると思う。それは、イベントというのはコミュニケーションの塊であるからである。シーモア・パパート教授は、モチベーションを上げるには、タブーをこじあけるディスカッションの環境を設定することだといっているが、ガニエの“objectives”にタブーを批判するトピックをいれれば、パパート教授の予想と同じものになるだろう。
☆グループワークとは、このようなデザイン思考が背景にあって初めて成功するのである。ただ、チャットをしているだけでは、モチベーションは内燃してこない。もちろん、チャットはアイスブレイキングの仕掛けとして重要なロールプレイであることは、高橋先生のレジュメがすでに解き明かしている。
☆とにかく多くの理論が統合されて英語の授業が実践されていることが語られているので、すべてを紹介できないが、ガニエの6つ目のイベント“Elicit performance”のためにはどうするか、その理論もまたたくさん紹介されているので、列挙しておこう。
チクセント・ミハイのフロー理論
社会構築主義としてのグループ学習
ヴィゴツキーの最近接発達領域
ガードナーの多重知能理論
モデル学習
コミュニケーション理論
☆“Elicit performance”を練習の機会をあたえると訳すと、何か鬱屈感とやらされ感がでてくるが、そうではないのである。ここは重要なモチベーションをあげるイベントなのである。トレーニングはつらいのではなく、たのしいのである。だから没頭する(フロー理論)というわけである。こうなりたいというロールモデルにあこがれるのである。そのモチベーション領域が最近接発達領域である。自分の得意な知の領域を活用できる(多重知能理論)からこそ、グループ学習が促進し飛躍する。そして3次元のダブルバインドコミュニケーション。タブーからの解放はダブルバインドからの解放であり、それこそが本来的コミュニケーションのだいご味ということだろう。
☆当日のプレゼンでは、以上のようなディスカッションが行われていたと想像できるレジュメでわくわく楽しくなる。
☆その他たくさんの理論と実践が紹介されているが、興味をお持ちの方は、ぜひご本人にインタビューされるとよいと思う。
☆ここでは、そのたくさんの言葉の中で、次のフレーズを紹介して終わりにする。
自分をリセットする勇気
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