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首都圏中学入試2012[79]

☆四谷大塚の過去問データベースで筑駒の問題を見られる。理科の問題は少しおもしろかった。インパクトという意味では、次の問題。

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☆ふだんから観察しておこうねという問題なのかもしれないし、飛行のバランスや捕獲の機能などを論理的に考えようという問題なのかもしれないし、図鑑をふだんからよくみておこうねという問題なのかもしれないし、たんなる知識の定番という問題なのかもしれない。

☆ほかの飛行物体や飛行生物と比較などさせながら、問う問題であったら、思考のプロセスもある程度見えたが、筑駒を受験するレベルであれば、そんなことは気にしなくても簡単だよということなのだろうか。もしそのような発言がでてしまうとなると、そのコミュニケーションは、抑圧的であり、パワハラ言説に抵触するかもしれない・・・。

☆国語からは、今年は詩の問題が出題されなかった。もはや詩のレトリックを論理的にとらえ返す思考は、小学生には必要としなくなっていくのかもしれない。中学入試の転機の一つに、思考過程の効率性、合理性、計算可能性、矛盾の排除という、様相論理を排除した三段論法や排中律だけに限定したロジカルシンキングの方向付けがされようとしているのかもしれない。

☆雙葉も詩を出題しなくなって久しいが、これはどうなのだろうか?もっとも雙葉と筑駒だけ踏ん張って詩の問題を出題しても何も変わらないのかもしれないが・・・。

☆しかし、言語の学習では、母国語であろうと英語であろうと、“meaning must be negotiated in any teacher-student interaction”という学びの環境が必要なのであるが、その有効な素材が、国語の場合詩であるのに・・・。

☆それは小説や物語で補えばよいといわれるかもしれないが、大学入試でも論説文が出題される割合が多くなっているし、センター試験で出題される小説の問題は、合理的に解けばよいようにできている。選択肢の作り方に様相論理をしのばせ、物語テキストそのものではそこはパッシングするという転倒した言語活動が、大学入試準備で行われてしまうという、いびつな教育を規定している側面も否定できないほどである。

☆授業が教育を生み出すというより、試験制度や試験内容が授業を逆規定し、教育を生み出しているというのが現実である。試験問題の内容の信頼性、正当性、妥当性は誰がチェックするのだろうか。

☆食品衛生基準を満たしていない食物を摂取するのはとんでもないことであるという同じ反応を、試験問題に対しても養わねばならない。米国の大学では、テスト学やテスト測定学があるのはそういうわけである。メディアばかりがチェックする責任を負わされるのは、それはズレている。チェックシステムとそのシステムが健全かどうかのチェックの情報公開を批判するメディア機能とはまた役割が違うからである。

☆筑駒は税金フルで成り立っている国立中高一貫校である。教師はいかに市民に奉仕するかその責任は重要である。これは公立中高一貫校においてもそうである。もちろん私立中高一貫校も同様である。

☆自分が出会った生徒の行く末だけを守る一教師としての生涯というのは、キャリアデザイン教育的には論理矛盾である。

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