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立教女学院 教師と生徒がつくる教育力

☆昨日10日、立教女学院は「高3卒業論文発表会」を開催。ホールは将来の受験生とその保護者で埋まった。立教女学院のコアコンピテンシーを理解できるすてきなイベントだった。

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☆平塚校長、卒業論文指導担当の教諭、優秀賞の2人の生徒、卒業生がそれぞれプレゼンをし、最後に高3の在校生が立教女学院についてプレゼンするというイベントであること自体驚愕である。

☆在校生も卒業生も教師も校長も、同学院のコアコンピテンシーの軸がブレルことなく、見事に語りつくしたからである。

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☆そのコアコンピテンシーのロールモデルは、たとえば、地球科学者の猿橋先生の科学的探究心である。若いころに、雨はどうして降るのかという日常的な現象に疑問を抱き、そこから探求していったら地球科学全体に興味をもち、偉大な科学者になった。

☆そのように、立教女学院では、問いに気づき、探求し、論文を編集し、プレゼンし、自らの探求が社会に影響を与えていくというミッションを、生徒も教師も抱くのである。この一貫性が、今回のイベント全体で、プレゼンテーター一人ひとりの語りによって示された。

☆それにしても、自分たちの教育の環境を、自ら語るという「メタ認知」の高さに舌を巻いてしまった。ここまで、自分の学校の教育を客観化し、それゆえに誇りと自信をもって――もちろん不安な思春期であるがゆえに、それを乗り越えた結果としてなのだろうが――、語れるというのは、この6年間のカリキュラムの中で培われてきた編集知のおかげなのだろう。そして、この編集知は、大学に進学して、さらに卒業してからも大切なメンタルモデルになっているのである。

☆いずれにしても、学ぶこと、探求すること、編集すること、プレゼンすることに対して、はじめから自信があったわけではなく、程度の違いはあるだろうが、みなどこかしら不安だったのが、それが喜びになり自信になるという自己の変化を体験できる教育は、一朝一夕ではできない。

☆いうまでもなく、この背景には教師のそれぞれの生徒のタレントを見抜く力、そのタレントが芽を出すのをじっくり待つ豊かさが存在しているのである。未来の社会や世界は、このような教育によって輩出された女性によって救われるかもしれない。

☆タイの社会でニューハーフがなぜ多いのかその理由を考察した生徒、劉備が理想のリーダーであることの証明をした生徒。在校生時代、サクラダファミリアが未完成の理由を追究し、大学卒業後、世界の舞台で活躍している自己を分析してみせたOG。

☆共通していることは、今日の社会の問題性に行きついていることである。その問題性はさまざまな局面で現象している。立教女学院の生徒は、それをそれぞれの興味と関心の背景に見つけるのである。

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(写真は、当日配布された資料から抜粋。多様な好奇心のリストである。)

☆ということは、好奇心、興味、関心といったものを無視する教育は、生徒のタレントを伸ばせないことになる。やらされ感をがまんしながら勉強する理不尽さが生む教育が横行していることを考えると、立教女学院がいかに大切な教育の拠点であるかがよくわかる。大学合格実績という誰にとってメリットなのかよくわからない教育は、そろそろ終焉をむかえなくてはなるまい。今日は3月11日。あれから1年を迎えた。大事なことは何かもう一度確かめる日でもある。

[今後の立教女学院の公開行事]

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