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新しい教育は新しい社会と個人に[02] ロールモデル伊佐山元さん

☆新しい教育について語り、新しい社会や個人について語っている記事が、今日の日経(2012/20/08)に載っている。『5歳から始まる起業家教育 「シリコンバレー流」の壮大な実験』 という伊佐山元さんのエッセイ。

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小学校2年生。誰もが感動して、ギャラリーで立ちどまる。

☆伊佐山元さんのプロフィールは、日経によると、

1973年2月生まれ。97年東大法卒。日本興業銀行からスタンフォード大学ビジネススクールに留学し、ベンチャーに目覚める。現在、米大手ベンチャーキャピタルのDCM本社パートナーとしてITサービスやネットメディアの投資を担当。日米のテクノロジーベンチャーを発掘し、世界に広めることを生き甲斐とする。プライベートでは子供にゴルフを教えながら頭と心を鍛えることを趣味とする。

☆今、東大自身が躍起となって求めているグローバル人材がすでにいたわけだ。89年社会が大きく変わるときに、時代の風を思い切り受けとめた人生のようである。その伊佐山さんが初等教育の未来について、ロサンゼルスの現場で何が起きているのかプラグマティックに語っているので、参考になる。ぜひ見てはいかがだろうか。

☆同じ日経のシリーズで、5月にも伊佐山さんは語っているけれど、そこで氏の興味は、

(1)シリコンバレーの生態系について
(2)ベンチャー創造の仕組み
(3)ベンチャーキャピタルについて
(4)リスクマネーと技術のマッチングの仕組み
(5)ベンチャーキャピタルの意義
(6)日米の起業文化の違い
(7)大学の役割
(8)初等教育とベンチャー精神
(9)産学連携の仕組み
(10)最新の技術トレンド

☆そして「ただし、シリコンバレーの学術的考察や分析は、既に多くの学者や有識者が過去にも、現在も行っているので、それを繰り返す気は全くない」と条件を付けているのが実におもしろい。

☆それはともかく、この興味は、教育やコミュニケーションがこれからの資本であることを物語っている。やはり、「学び学」と「起業学」、「思春期学」は新しい教育には必要であるし、思春期学については、上の10項目の中には入っていないが、伊佐山さん自身の生き様をモデルにするとよいだろう。

☆伊佐山さんの語録を拾っておこう。

スティーブは、「人生には多くの失敗や困難がつきものだとすれば、くじけずに前向きに進み続ける唯一の方法は、自分の好きな事を追求する事であり、実際にする事を愛する事であると」述べている。

日本全体を“アントレプレナリアル(entrepreneurial=起業家的)”に。日本からも世界に通用するベンチャー人材の育成を――。これらを実現しようと考えた場合、その主体となる人間の幼少期に形成される学ぶ姿勢や、様々な体験を通じた世界観は、最も大切な要素になっているはずだ。

グローバル化の時代で必要なのは、すべてを無難にこなす平均主義ではなく、得意なことや好きな分野に関しては、徹底的に学び通すという強い意志と、それを可能にする環境である。誰もが何らかの“オタク”になる必要がある時代なのである。

今週は、新学期の始まりだった。その時の校長先生のスピーチの一部が印象的だった。 “これから新しいことを学んだり、新しい友達や先生と時間をともにしたりする中で、多くの困難にぶつかるであろう。全部完璧にこなそうとするな。とにかく乗り越えろ。

インターネット、図書館、時には博物館見学。手段は問わないが、簡単には得られない情報ばかりである。それをリポート用紙にまとめ、推敲(すいこう)を繰り返し、一方で大きな模造紙に図や絵を豊富に使い、学期末の発表会に備えさせる。最後の発表会には、その人物の格好をして、他学年の生徒、親や先生を前にスピーチをする。 そこには、基礎的な学習力、主体的な調査力、簡潔に表現する文章力、彩りのある図や絵を書く表現力、往来する人を立ち止まらせるためのアートや仕掛けといった創造力、そして人の前でプレゼンするコミュニケーション力など、教育が達成すべき要素がすべて凝縮されている。これを小学校低学年から繰り返すのだ。

意外に思われるかもしれないが、あまりにデジタル化が進んでいる地域であるからこそ、人との触れ合いや、道で出会った人への挨拶、そして困っている人がいれば進んで手を貸す姿勢が尊ばれる。また、環境を支えている動植物への理解と感謝が重要視されている。最新のテクノロジーと自然環境の健全な発展のためには、このデジタルとアナログをバランスよく使いこなすことが不可欠だ。

このような教育の現場で学び、社会に出るための準備期間を過ごす。日本から見れば、奇抜にも、リスキーにも見える教育法で基礎的な学問を習得し、その上で変化の早い世の中に対応する、柔軟性と想像力、そして共感力を磨くのである。

 得意なことがあれば、先生や親も含めて徹底的にあおり、挑戦させる。机上の学問にとどまらず、実社会での実践を経験させる。新しいツールがあれば、積極的に採用し、うまくいかなければ止めさせる。便利な現代社会を支える人間や自然への感謝の気持ちを忘れさせない。

☆米国の公立学校の話だけれど、日本のように国が統一カリキュラムで縛っていないし、基本的には州や自治体が意思決定していくから、自治体によってかなり違うのだが、伊佐山さんが見聞している公立学校の場合は、日本の公立学校よりも私立中高一貫校に近い感じがする。

☆とにかく大事なことは、抽象的で道徳的な生きる力ではなく、実際に経済的に独立自尊のプランを持って自分の才能をいかにプレイフル&アートフルに生かしていくかということ。

☆つまり、アントレプレナーの心のあり方を生成するシステムがあるということ。このシステムこそ「新しい教育」だし、それをサポートする社会こそが「新しい社会」だし、大企業とか組織に属することに興味がなく、自分で事業を興して社会にインパクトを与えて楽しむ仕事をするのが「新しい個人」なのだろう。

☆伊佐山元モデルということ。「元」という根元的な意味が彷彿としてくるのは偶然なんだろうか、今後「元モデル」と勝手に呼びたい。元気がでそうな意味もこめて。

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