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新しい教育は新しい社会と個人に[04] 事例

☆前回の話は、近代化社会から見れば恐ろしい話で、新しい社会から見れば緊迫感ある話である。なんともスッキリしない。9月のEUの動き、11月の米国の大統領選の行方で、近代化社会のリセットが加速するか時間稼ぎができるかの違いは、あっても、89年以前の近代化社会は縮小し、新しい社会が革命などによってではなく、化石燃料という根本的資本が機能しなくなることによって、変わるのである。化石燃料資本から対話資本へというパラダイムシフト2.0は時間の問題。そこで、新しい社会や新しい個人を創造するための新しい教育・学びをみていくことが大事なコト。

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西武文理の金井プログラム実施シーン

☆今春、東大福武ホールで実施された「新しい学びフェスタ」で、西武文理の金井先生が行った新しい学びのプログラム。学内でも実施されているし、震災復興教育でも行われている。教師は学校に所属しているが、アイデアは学校や教科を越境する。このようなソフトパワーを生かす学校は新しい教育を新しい社会や個人に提供しているといえる。

☆いずれ、具体的なプログラムがオープンにされるということのようだ。

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筑駒の生徒によるポスターセッション

☆筑駒は国立でありながら、教師は自由に創造する。チームで協力して書く力を高めていく認知科学的な手法のプログラム。それをさらに生徒が進化させているところが新しい。

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聖学院、広尾学園の生徒によるポスターセッション

☆聖学院の生徒も広尾学園の生徒も、筑駒同様に、自分の学びの創意工夫と発見についてプレゼンする。「新しい学びフェスタ」というイベントで特別に行うだけではなく、学内で折々実施している。立教女学院のARE学習同様、調べ、探求し、プレゼンするサイクルの新しい学びが根付いている。彼らのプレゼンを聴いて、筑駒の生徒は私立の可能性について感嘆していた。新しい学びがグローバリゼーションのビジョンにきちんと対応していたからである。

☆なぜ方法論を学ぶのか?大きな組織に属するためになんかではなく、自分で事業を興して社会にインパクトを与えるプレイフルでアートフルなことをしたいからだということを筑駒の生徒はすぐに直感していたようだった。

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