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≪私学の系譜≫ ヴォーリズの意味[06]

☆美穂夫人が亡くなったあと、メンソレータムの販売のために「崇貞女学校」と近江を往復する激務は続いたわけであるが、それを持続するには、美穂夫人の役割ができるパートナーが必要だった。オベリン大学留学中、清水夫妻に薫陶を受けていた、小泉郁子が、家族の反対を振り切り、清水安三に嫁ぎ、支えたのである。郁子は才女でジャーナリズムからも注目を浴びていたというから一大決心をするほどの何かがそこにはあったはずである。

☆その決意は「崇貞女学校」を「崇貞学園」に発展させることになった。清水安三は校主として経営面を支え、郁子は校長として各種学校から学校として昇格させたということだ。

☆しかし、敗戦後「崇貞学園」は中国に没収。帰国した清水夫妻は、これまた≪私学の系譜≫の1人である賀川豊彦と出会い、新しい学校をつくることになる。それが二人が留学したオベリン大学にちなんで命名した桜美林学園である。

☆郁子の決心とは、このように前妻の美穂夫人の志を継ぐものであった。その証拠に美穂夫人の写真を大切にし、崇貞学園の講堂ができあがっときに、その壁にかけたほどだという。

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