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学校化社会の穽と架け橋

☆就活の雑誌を見ていると、必ず「コミュニケーション能力」が重要とされているが、結局は知識や論理力で決まるのだという一般論であふれている。しかし、このこと自体はきわめて重要問題である。

☆また公立中学校と公立高校の先生方は、中学での生徒の育成の仕方をしろうとしていないとか学力がきちんと身につけて進学してきていないとか、水掛け論であふれているのも一般的である。しかしこのこと自体やはり重要問題である。

☆なぜかというと日本の社会は、よかれあしかれ、成熟して、その社会の知識体系や文化、価値体系は、学校化社会の土台である中等教育段階で形成されている。

☆したがって、そこでコミュニケーション能力と論理的能力や知識力をセパレートして教え込んでいると、就活で取り上げられる、実際は「コミュニケーション能力」より「学力」だという話になる。

☆また中学では、主体性や学習習慣という道徳的な姿勢をきちんと指導すらから、大学受験や就職のための知識は高校でという話になる。

☆これが今の学校化社会の穽である。本来コミュニケーション能力も論理能力もセパレートできないし、道徳と学びもセパレートできない。それをあっさり分離して教え込んでいるのが現状である。

☆そして、そのことに気づいている現場の一部の教師が、その架け橋になり、穽を埋めようとしているのである。しかし、現場でなければ分からないという偏向主義的穽がまたまたあり、心理学や社会学の成果を使おうとすると、観念論だと言って忌み嫌われる。

☆現行学習指導要領自体は、構成主義的理論がベースだから、架け橋を!と言っているようだが、現場ではなぜか耳を傾けない状況と聞き及ぶ。

☆穽があること自体は悲しいが、それに気づいてパッションとシステムの両側面から架け橋をつくろうとする学校化社会に転換すれば、日本の社会の未来は大いに明るいではないか。

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