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変わる教育[29] 工学部が変わる 理系のパラダイム転換

☆グローバル人材の話は、本当に喧しい。先日NHKでも、特集「国際人」をやっていた。しかし、日本の若者の「内向き問題解消」と「英語だけではなくその地域の語学も」とか「その地域の文化理解」というテーマを行きつ戻りつしているに過ぎなかった。

☆しかし、そんな中、水ビジネスの風雲児ナガオカの三村社長のDVDが流れるや、若者の目の輝きが一変。留学しても帰国後就活に遅れをとるのは不利だというのが「内向き問題」の大きな不安であるが、それを吹き飛ばすコンセプトが流れたからだ。

☆ところが、結局、留学後の経験を活かせる場が日本社会にないからという理由に落ち着いていくのは解せなかった。三村社長のビジネスのアイデアは、水というモノづくりの発想ではない。上下水、浄水などのシステム全体を地域の自然や都市の構造に合わせて構築する中で水というモノづくりもなされるだけでのことである。

☆こここそが、グローバル人材の成せる業である。若手社員が武者修行で海外で働く制度がナガオカにはあるのだが、彼らは最初から英語ができるわけではない。だから、はじめはクライアントは怪訝な顔をしている。ところが、その社員がシステムの流れを切断しているコンピュータの箇所を見つけ、それを一生懸命英語で説明した時、クライアントは大いに納得した。

☆NHKの番組に参加していた学者先生が、コミュニケーションが大事だとか、少人数制の授業でないとそれは育たないとか、相変わらず寝ぼけたことを言っていたが、大事なことは、コミュニケーションすべきコンテンツの価値を持っているかということであり、1000人の教室でもサンデル教授のようにアクティブラーニングは可能なのがグローバリゼーションなのである。少人数も必要だが、大教室での講義を活用できることも重要だという意味。

☆それには価値あるコンテンツを持っているかである。そしてこのコンテンツが、水というモノづくりではなく、水やパソコン、上下水道、浄水などのシステム全体の関係構築力というコトづくりにシフトしているのが、グローバル人材の持つべき価値の時代ということなのである。

☆これは、20世紀を支えてきた日本の工学部の発想が大転換することも意味する。すでにナガオカの水を経巡るシステムは、自然のエコシステムを工学的発想で再構築したものであり、生態系という関係構築力を示唆しているわけだから、工学発想が転換している。

☆田中芳夫教授(東京理科大学大学院イノベーション研究科)は、工学部出身であるが、いやあるからこそ、日経ビジネスONLINE(2012年10月22日)『日本品質なら売れるという発想を捨てよ 「ものづくり」から「もの・ことづくり」へ変わろう(第1回)』で、工学部、つまり理系のパラダイム転換を語っている。

私は、日本のものづくり産業がこれから進む方向として、5年ほど前から「ことづくり」に向かうべきだと主張してきました。ことづくりとは、生み出したものによってでき上がる新たな生活や社会の様子まで、つくりあげていくことを指します。こうした新たなものづくりを、私は「もの・ことづくり」と呼んでいます。

 ことづくりの例として、スマートグリッドが挙げられます。電力がかかわる、あらゆる場面を最適にすることで、街全体の電力の消費を抑えようという試みです。そこでは、太陽光発電や風力発電、電力網、住宅や工場などの建物、電気自動車、家電など、それぞれのシステムの中を最適にするだけでなく、それぞれのシステム同士を連携させることで、はじめて実現できることです。このように、ものづくりにとどまらず、ものを使って今までにない社会システムまでつくりあげることが、ことづくりです。

 こうした主張を始めた当時から、日本のものづくり産業の関係者からの風当たりは、強いものがあります。

 技術者から経営者、学識経験者にいたるまで、「匠の技」といった究極の技術ばかり追求し、自分たちが考える範囲での「良いもの」を作るものづくりだけを追求するという、ただ一つの価値観に捕われていることに原因があります。「ものづくり至上主義派」とでも言うべき主張です。

 この価値観にだけ固執していると、日本のものづくり産業は、技術の集積度が高く、層が厚く、技術者の質が一定のレベルに達している利点がありながら、その利点を生かしきれないままになってしまうでしょう。

☆さらに、具体的には、こう語っている。

 自動車の場合、現在の自動車産業の中で完結する状況において、日本の企業は成功できています。今後、電源や通信を担う媒体として、社会インフラにおける自動車の役割が増してくると、単に自動車を販売するのではなく、自動車を通じて社会の仕組みを提供していくような面白い状況が訪れると思います。

 テレビも同じでしょう。テレビという製品そのもので、日本企業が強かった時代は過ぎ去りました。現在は、韓国サムスン電子が世界市場を席巻する一方で、米アップルのように、デジタルメディアのコレクションの管理、追加を簡単にできるツール「iTunes」と連動させて新たな価値観を作り上げるテレビを開発することで、市場の仕組みを変えてしまう動きが出てきています。日本企業が目指すべきなのは、このアップルのテレビのように、仕組みごと作り上げてしまう方向でしょう。

☆循環型の工学システムモデルそのものというコト(関係)を創り出すことが肝要だということなのだが、これは、この10月1日に自分で創業した会社を25歳の若さで東証一部へと上場させたリブセンスの村上太一社長の発想と同じである。「自分が立ち上げたサービスで人を幸せにする」システム全体を構築したのであるから。

☆同誌で、姜尚中氏との対談の中で、姜氏と村上氏はこう語る。

姜:その世代差があるのかもしれない。村上さんの、何かを超えたいからではなく、会社を興したいから起業する、しかもまったく新しいサービスで人を幸せにしたいという起業の仕方が、新鮮に感じるんです。

村上:私はきっと、金融のトレーダーみたいな職種では絶対トップにはなれないタイプなんですね。ああいう方々は、やっぱり競い合いの中でより強くなることをめざさなければいけない。そういう世界は私、苦手でしょうね。

☆ここには、かつてのように最高の品質のものを合理的かつ効率的に制作し、競争し合う優勝劣敗主義とは違うパラダイムがある。企業とアルバイトのマッチングがどれだけ幸せ度を高めるかという幸せ生成システム構築を果たしているのである。村上氏は理系ではないが、新しい工学的発想の持ち主であることは確かであろう。

NEWS ポストセブン 10月21日(日)16時5分配信(※SAPIO2012年11月号)で、ユニクロ・柳井氏もこう語る

今、アジアは「ゴールドラッシュ」です。今後10年間で、中国からインドまでの地域におよそ15億人の中産階級が生まれようとしている。そのアジアにおける日本の強みは、ヒト・モノ・カネ・情報・技術という産業インフラをすべて持っていること。この市場に挑戦しないことこそ日本の国益に反するでしょう。

☆ここにも、田中教授の語る「ものづくり」から「もの・ことづくり」の発想転換がある。そして、以上のような発想は、20世紀型教育から21世紀型教育へのシフトに呼応してもいる。20世紀型教育の発想が「要素還元主義」で、21世紀型教育の発想が「関係総体主義」であるというのがそれである。

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