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学校選択のための新しいタイプ分類 「男子校」

☆昨年まで、グローバル人材、メイカーズ、アントレプレナーシップなどは、ガラパゴス日本を開放するのに必要な人材づくりのキーワードとして語られてきた。しかし、それは労働者でもなく、仕事人でもなく、政府の支援に依存するタイプのNPO活動でもない、新しい個人による新しい社会活動を土台にしない限り、GDPの回復や化石燃料依存モノづくりの回復をもって経済回復、景気回復であるという20世紀型社会の地平を横滑りするだけである。

☆このコンセプトは、学校選択においても同様にあてはまる。偏差値や大学進学実績という20世紀型産学官を支えてきた労働力や仕事力、その補完としての政府支援金によるNPO活動の人材力を測定する基準をベースに学校選択をしていたのでは、ここ数年はよいが、2030年や2050年に、今の子どもたちが直面する、グローバル民主主義、グローバル経済、普遍的精神といったコミュニタリアニズム社会で、リーダーシップを発揮することはできないだろう。このリーダーシップを発揮する人材グループをクリエイティブクラスと呼ぼう。

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※ケースとして挙げた学校は、四谷大塚の「第4回合不合判定テスト」の公開資料の中の「第1志望。第2志望の多い学校」リストに、本間がグッドスクールとして考える学校を加えた。グッドスクールのリストは、2011年11月17日の記事のリストを再検討して改善したもので、そこで挙げた学校が今回必ずしもG型学校にはなっていない。逆に新たにG型学校として加わっている学校もある。

☆別にリーダーシップを発揮できなくてもよいのではないかと言われるかもしれない。しかし、その価値観がすでに20世紀的なのである。リーダーシップとは、リーダーになる側とリーダーにけん引される側という関係で成立するという古い発想があるからである。

☆もちろん、そのような発想は、社会構造がそうだからである。しかし、年末にブラウン大学の留学生と話をして、実感したが、彼らの拠って立つ社会は、グローバル市民社会であり、フラットでフェアーで、フリーダムな組織なのである。そのような社会や組織では、リーダーシップとはまず自分に対して発揮されるのだ。やりたいことを実現するにはいかにして可能か。という可能性に対し、自らを開く勇気と自信を鼓舞する自己に対するリーダーシップである。

☆それは、自分勝手ではないかと言われるかもしれないが、その発想自体が、20世紀型道徳なのである。そしてそれはアンチキリスト教主義でもある。キリスト教のあらゆる民族・宗教を超えて実現する最高の道徳はゴールデンルールと言われている。自分がしてもらいたいこと、つまり自分が実現したいことを他者にもしなさいなのだ。

☆したがって、そのような黄金律=自律したクリエイティブクラスを輩出できる環境はどこかという視点で学校選択を意思決定することが大切なのである。

☆そのようなコンセプトが反映している学校は、教師や学校の文化が、創造的な雰囲気であるし、他者に対する寛容性という受容力に満ち溢れているはずだ。また、規律よりも自律を重視する。20世紀型教育で、論理的な思考力が大事だとその教育が理想の様に言われてきたが、それはむしろ当たり前である。論理的な思考や発想がない教育環境は、20世紀型教育であろうが、21世紀型教育であろうが、論外である。

☆さて、そのような創造性、論理性、受容性、自律性の雰囲気とはいかにして生成されるのか。それは、その学校のステークホルダーの間でなされるコミュニケーションよって生まれてくる。コミュニケーションを情報伝達とか、おしゃべりとしか認識できていないのが20世紀型教育観であるから、ピンと来なければ、縦社会、上意下達社会、学歴ピラミッド社会で居心地がよい現状なのだと理解すればよいのではないだろうか。

☆そして、そのままでいようと思うのか、そこから脱しようと思うのかは、自由である。お断りしておくが、学校のコミュニケーションが、20世紀型だからと言って、ステークホルダーのメンバーである生徒も20世紀型だとは限らない。

☆学校が20世紀型で、保護者も20世紀型で、生徒も20世紀型である場合、三者のクオリティが一致しているのであるから、6年間の学園生活はハッピーである。私が言いたいのは、しかし、その場合、来るべき2030年、2050年はそうではいられない可能性が高いということだけである。

☆それに、そんな満足のいくケースはまれである。学校が20世紀型で、保護者も20世紀型、しかし、生徒は21世紀型のとき、これは思春期は荒れる。通常の思春期とは違う猛烈な「転移」(あえて、具体例は出さないが・・・)が起こる。

☆学校が21世紀型で、保護者も生徒も20世紀型、あるいは逆に、学校が20世紀型、保護者も生徒も21世紀型であったとしよう。退学率が増えるのは、何も経済的事情ばかりではないのである。おそらく、20世紀型と21世紀型のマッチングが3者でうまくいかなかった場合、とてつもなく大変な学校生活が待っている。今や学校選択は、以前にもまして大変なのだ。

☆今までは、ガラパゴス日本の中だけの環境要素で考えていればよかったから、マッチングンの要素の最大のものは経済事情であった。しかし、グローバリゼーションが、クリエイティブクラスを求めだしている今日、マッチングの重要な要素は、コンセプトなのである。

☆さて以上のような背景をベースに、本ブログで発信してきた学校選択を、新しく見直した。当初、クオリティスコアを提案したが、この基準には偏差値も併用し、中途半端だった。その後、グッドスクールという21世紀型教育実践と未来ビジョンを基準にしてみた。

☆しかし、グッドスクールの中にも20世紀型教育を行っているとこがでてきたりして、今一歩明快ではなかった。

☆そこで、20世紀型と20世紀型だが21世紀型教育を目指している可能性がある学校と21世紀型教育を創る学校と3つに分けてみることにした。すると、きれいにカテゴライズできることがわかった。今回は、20世紀型と21世紀型と言う分け方ではなく、J型学校とG型学校に分けた。J型学校は20世紀型受験市場に足場を置いている学校で、G型学校は20世紀型受験市場にからめとられてはいるが、21世紀型教育を目指す可能性がある学校と21世紀型教育を創るコンセプトを推進していて脱偏差値・脱大学合格実績を標榜している学校である。

☆また、それぞれの学校のステークホルダー間のコミュニケーションタイプを、創造タイプ、論理タイプ、寛容タイプ、規律(自律よりも規律をメインにコミュニケーションしていく)タイプの4つ側面からみて、どのタイプの強度が強いか独断と偏見で評価してみた。◎は強い、〇はある程度ある、△はあまりないという3段階でふってみた。

☆すると、男子校の場合は、武蔵、逗子開成、芝は、受験市場に足場を置いているJ型学校ということになった。G型の特徴は、コミュニケーションタイプが、創造タイプと受容タイプが◎か〇で、規律タイプは△で、自律重視という結果になった。

☆創造タイプが◎や〇でも、受容タイプがないか、規律タイプが〇以上だと、J学校になる。ところが、筑駒は例外である。武蔵と同じタイプであるのに、武蔵がJ型学校であるのに対し、筑駒はG型タイプである。というのも、他の学校が、ステークホルダーの中でも教師が学校文化に非常に大きな影響を与えているのに対し、生徒自身が大きな影響を与えているからである。ある意味、超リバタリアンな集団であり、クリエイティブクラスが輩出される可能性が高いのである。

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