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2013中学受験【138】 海城学園 ドラマツルギーな対話

☆海城学園は、もちろん2015年対応学校の一つである。2015年というのは、教育や政治経済、文化、医療介護などの分野において、Webやタブレット、ウェアラブルなPCなどがあらゆる情報のインタラクションの場面に浸透する時代。思考がメタなのか、ICTツールがメタなのか、その境界線は常に入れ替わる。

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☆筑駒と海城の国語の先生方とお会いしたときに、そこらへんの「メタ認知」をどう育成するかが深く議論されていたのを思い出す。

☆その話や、筑駒の生徒のポスターセッション(論文編集プロセスの授業の仕組みをプレゼン)を見ていて、気づいたことは、自己の身体そのものがメタメディアであるということだった。

☆あらゆるリアルなメディアは、メタなのかツールなのか目まぐるしく入れ替わるのだが、それは他者と自分の対話のプロセスの中で、入れ替わっている。他者と自分の対話は、脳中枢だけではなく、末端神経が反応する身体全体のパフォーマンスの高さによって、豊かにも貧困にもなる。

☆このパフォーマンスの高さを評価するのは、他者とのつながりの中での自己とは何かを常に問いかけるメタメディアである身体的自己である。

☆ところが、最近では、このパフォーマンスが低い人間関係が増えている。アニメやインターネットのツールのせいにされているが、そうではなく、それらツールをメタメディアに変換できないからなのだ。

☆ツールがメタメディアになったり、ただのツールになったりと変換するには、当然条件が必要である。それが他者と自己の関係による生み出されるパフォーマンスである。ところが、この関係が貧困だと、パフォーマンスは低くなるからツールは固定的な活用になり、変換が生まれない。それでは、自己の身体がメタメディアに変身できないから、自らが道具化されてしまう。

☆道具化された自己は、知識のデータベースを詰め込み、それを発信する能力は高くできる。しかし、それはパッシブな許容量が大きいか小さいかだけで、アクティブに事を成そうというリーダーシップは発揮できない。

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☆それゆえ、他者と自己の関係の高いパフォーマンスを生成できるようにしたいという想いが、海城の先生方には強くあったのだろう。それで、「児童生徒のコミュニケーション能力の育成に資する芸術表現体験事業」の一環として、中学3年生でコミュニケーション授業を演劇界の方々とコラボすることになったのだと思う。柴幸男さんが主宰されている劇団「ままごと」の方々と、劇団「範宙遊泳」の方々がアシスタントとして協力している。柴幸男さんは2010年に演劇界の芥川賞とも言われる岸田國士戯曲賞を『わが星』で受賞されているから、贅沢じゃないか!

☆対話とは、他者と自己の関係パフォーマンスを豊かにしていくことであり、この対話の問題は、社会全体のパフォーマンスのプロットタイプである。

☆社会学的な手法のドラマツルギー。微視的な接近による社会の関係総体を見破るアクティブラーニングが、海城学園にはある。

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