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2013中学受験【141】 富士見丘の例 本当の教育情報

☆首都圏の中学受験は、本日11日の筑駒、開成、麻布などの同日同時間招集によって、ほぼ閉幕を迎えるが、高校受験はまだ続いているし、大学受験はまだまだこれからである。受験列島は沸騰中である。

Fujimigaoka

☆こんな折だから、ふと思うが、教育に限らずなのではあるが、それにしても教育に関しては、情報が貧困である。教育制度の話、教育制度の欠陥による教育問題の話、学校法化現象の話ばかりである。教育は未来をつくるはずなのに、そんな話は新聞でほとんど流されない。

☆そんなことはない。教育の中身についてよく特集が組まれているではないかと。いや、それは教育制度、とくに新制度や電子ボード、デジタル教材などのイノベーションが文科省によって導入されたときに限られての話だろう。そして、この導入のような話も、実は教育制度の話なのである。

☆そうではなく、教育の中身とは、たとえば、富士見丘のサイトに掲載されているような記事なのである。

☆富士見丘の一人の生徒がイギリス3か月留学に行っていて、その様子をメールで教師に知らせてきた。そんな個人的な情報を新聞や受験情報誌では取り上げることはできないと言われるかもしれない。

☆しかしだ、教育情報とはなんだろうか。教育制度の告知の徹底ということだろうか。それとも子どもの未来を形成する多様な情報をシェアし、子どもの教育環境を選択するための情報なのだろうか。

☆言うまでもなく、後者である。わたしは疑いもなくそう思う。ところが、教育情報担当記者は、その判断は恐れてしまう。というのは、公立学校の情報は、学習指導要領ベースで画一的な制度の徹底がされているから、そもそも多様性という前提がない。まして、教育の選択などあり得ない。公立中高一貫校の適性検査や公立の高校入試は選択ではないかと言われるかもしれない。本当だろうか?あれは基本は配分なのである。市場の原理は働いていない。そうみえるだけだ。税金で実施している制度に、市場の原理を貫徹させるのは無理だ。だから「適性検査」という表現を使わざるを得ない。

☆もちろん、大学の研究については別であるが、初等中等教育段階ではそうなのだ。だから、そのスコープで私立学校も取材してしまうから、プロクルステスのベッドとなってしまう。

☆そういうことを認識したうえで、教育情報を見ていくと、結局私立中高一貫校の場合、学校サイトを見る以外に情報収集の手立てがない。

☆今回の富士見丘のニュースなどは、同校の教育の中身がよくわかる。まず教師と生徒の信頼関係。実にフラットな感覚である。それから、3か月留学が多様で、オーストラリアにいく友達のことについても触れている。切磋琢磨できる環境。また、帰国後の他の友人との関係もわかる。

☆この留学に行く生徒と行かない生徒の関係については、きわめて重要である。富士見丘のサイトを一年分ぐらいたどっていくと、全員が海外研修は体験するから、海外体験による共通言語を介してコミュニケーションできることがわかるのだが、大事なことは、だからこそ、留学体験をしてきた生徒の情報をシェアできる教育環境ができあがっているということだ。

☆それぞれの生徒は、少林寺やテニスなどの部活体験、生徒会活動体験大忙し。1人の生徒がすべての体験をするのは無理だし、一人ひとり違うのが当たり前である。肝心なのは、そのそれぞれの体験をシェアできる環境にあるかである。

☆富士見丘の場合は、友人同士で話すことはもちろん、学内でもプレゼンやインタビューなどシェアすることのモチベーションが広がっている。

☆初等中等教育段階の良し悪しの判断は、なんだかんだといいながら、世間は難関大学に進むかどうかのコストパフォーマンス計算。そういう経済的なスコープで見るならば、教育とはコストでみるのではなく、アセットでみたほうが妥当である。

☆というのも、投資によるコストパフォーマンスは、未来への賭けの話であり、アセットは、今資産が豊かになるかどうか、そしてそれが未来の投資にもなるという生きることの豊かさの話だからである。

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