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変わるか大学【12】 新司法試験合格者数低迷のワケ

☆朝日新聞デジタル 3月17日(日)7時0分配信 によると、

弁護士ら法律家の数や法科大学院のあり方について見直しを議論している政府の「法曹養成制度検討会議」(座長・佐々木毅学習院大教授)が、司法試験の合格者数を「年間3千人程度」とした2002年の政府計画の撤廃を提言する見通しになった。4月に公表する中間素案に盛り込む方向だ。

☆今年の東大文Ⅰの志願者減少に見られるように、法学系の学部志願者は軒並み減少。理工系の志願者増とは対照的で、新司法試験だけの問題ではない状況。

☆もともと、「社会の隅々に法律家を」という理念のもとで進められた司法制度改革だったが、その「社会」が変わろうとしている。グローバルな社会ということもあるが、国家は死滅こそしないが、政治経済の舞台から退こうとしている。社会制度が大きく変わるわけだが、その展望を広げずに、ただ司法試験の小手先修復をしたところで、結局はカンフル剤にもならなかったということ。

☆今後の社会は、個人とは何かが問い返されるわけだから、市民や社会、人間の考え方もかわる。今更と思うかもしれないが、グスタフ・ラートブルフ流儀の問いかけがようやく問い返されるのである。

☆形式的・手続き的に正しく書かれた諸規範の総体でしかない法でよいのか?

☆法の正義の内容は問わず、形式上正しければそれでよいのか?

☆法は、正義に関係づけられ、その正義の質を常にチェックする権利の闘争を解決する基準の探索は不要なのか?

☆個人は個人であってそれ以上でもそれ以下でもない抽象的人間であってよいのか?

☆法問題は、法律家の判断に拠るでよいのか。裁判員制度はその代替物になり得るのか?

☆スキル重視の法律家は、社会が安定ているときは、重要な役割を果たす。しかし、社会の構造が変わろうとするとき、法律家も市民とともに法律を変え、世界を変える思考力を要するのではないか。新司法試験の直面した壁の本質は、「夜と霧」をどう解決するかに立ち向かったラートブルフの体験値に無関心だったことにあるのではあるまいか。

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