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21世紀型教育 知識基盤社会から対話基盤社会へ①

☆21世紀は知識基盤社会に突入したとよく言われる。この「知識」とはしかし、わたしたちにとって日常化した記憶する「知識」ではなく、生活の中で生まれてくるアイデア、そしてそのアイデアから新しいモノやコトが生まれるプロセス全体レベルのことを指しているはずである。

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☆上記の表はOECD/PISAの読解リテラシーのレベルを測定する基準であるが、このレベル全体を「知識」と呼んでいるだろうし、それは「思考」と同じことなのである。この文脈を見逃して、今回の学習指導要領は、脱ゆとり路線をとってしまったがゆえに、なんとも一貫性のないものとなっている。

☆ところで、このレベルは、偏差値とは違い、すべての子どもたちが、トレーニング、ファシリテーション、体験などによって、到達することが可能である。

☆偏差値はある母集団で、必ずランク付けができてしまうが、OECD/PISAのレベル表は、実際には子どもたちもこの基準指標を活用して自己評価することができる。したがって、全員が最終レベルに到達する可能性がつねに残されている。

☆日本の場合、全国学力調査テストを実施しても、生徒はこのような基準で自己評価できない。それゆえ、結局正答率に依存して、できなかった問題をトレーニングして、その問題を解けるようにすればよいと思い込んでしまう。

☆その問題を考えるコトが、自分のどういう能力を鍛えることになるのか、伸ばすことになるのか、才能に気づくことになるのか。そういうダブルクエスチョンになっていないのである。

☆ところが、富士見丘学園の教頭大島先生と桜丘の品田副校長先生は、この問題に立ち臨み、哲学授業を実施している。このことについては、すでに紹介しているが、今回大島先生は「対話と授業」という論考を書かれた。

☆この論考は、21会がエポックメーカーであることを予想させるに値するほど重要だと思う。

☆というのは、このOECD/PISAのようなレベル指標は、実は欧米では当たり前のようにいろいろなところにある。国際バカロレアも同様の準拠を独自に持っている。また米国の認知科学でもタキソノミーという基準を有している。社会学や民俗学、学習生態学でも当たり前のマトリクスなのである。

☆ヨーロッパにおいては、欧州評議会(EU議会とは別機関)が、CEFRという言語のためのヨーロッパ共通準拠指標を創り出している。そして英検やNHKの英語講座、TOEFL Junior、文科省ご推奨のCan Do リストなどもこのCEFRの指標に準拠し始めている。

☆この私たちの国における動き自体は脱偏差値路線で、大いに結構であり、21会も大歓迎であるが、不足している点がある。それはこの指標が自己評価に積極的に活用されていないということである。どうもこの点が、ないわけではないが、稀薄である。

☆なぜなのか?それは「知識基盤社会」という認識だからである。レベルを上昇させる機動力は何に拠るのか。「思考」であるが、一人で考えていてもよいアイデアが浮かぶはずはない。堂々巡りになりがち。

☆それゆえ、世の中はコラボレーションという流れになっている。このコラボレーションのエンジンは「対話」である。対話といっても「会話」のみならず、「議論」「討論」なども含められるだろう。

☆この対話によって、知識が活用されるし、知識の構造が伸縮自在になり、柔軟な思考が展開していく。その展開のプロセスフォリオが、レベル指標のステップをクリアしていくプロセスと相関するのである。

☆この「対話」型授業こそ、PIL授業でありPBL授業である。ところが、実際は「対話」なきレベル指標、「対話」なきPIL、「対話」なきPBLが実情である。

☆エッ!「対話」なきなどということがあり得るのだろうか。大島先生の「対話と授業」をお読みいただければ、私たちの日常は、「対話」と似てい非なる抑圧的言説行為で満ち満ちていることに気づくだろう。

☆ところが、グローバリゼーションの時代は「対話基盤社会」に突入しているというべきなのである。ここに政財官学が推進する21世紀スキル教育と21会型教育の認識の大きな差異がある。

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