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2025年にサバイブする中等教育学校&大学 (4)

☆21世紀型スキルが私立公立問わず中高一貫校に浸透していく。グローバル教育とイノベーション教育、そしてリベラルアーツが。

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写真は聖学院中1思考力ワークショップのシーン

☆しかし、これがどこまで浸透するのか、まして公立の中学校・高等学校にどのくらいの速度で浸透するのか。

☆実は、ここに厄介な問題がある。グローバル教育は、結局TOEFLやIELTSでハイスコアをとらねばならないのだが、これらのテストの評価基準はCEFRであり、ハイスコアC1C2のレベルは、実はリベラルアーツのレベルである。それゆえ、かりにスコアがとれたとしても、英語のスキル問題で終わっていてはグローバル教育は貫徹しない。

☆リベラルアーツは、旧制高校時代の知識としての教養主義だと勘違いしている教育関係者が多いから、ますます難しい壁が横たわる。

☆イノベーション教育は、ICTスキルを習得することだとらえられがち、いやいや全く違う。iPS細胞の研究は、ICT技術がなければ進まないが、山中教授はICTのスキルを開発しているわけではない。連携しているが、山中教授のイノベーションはiPS細胞の発見とその応用にある。

☆それゆえ、どこまでも科学的な見識がイノベーション教育なのである。もちろん、ICTを活用するだけではなく、そのものを新たに開発するというのならそれはイノベーションである。だが、そこに目が向いている学校はそれほど多いわけではないだろう。

☆リベラルアーツとは、したがって知識としての教養主義ではない。JUSTICEそのものである。正義の判断である。つまり評価の判断である。偏狭な正義や評価は、ともすれば地獄を生み出す。それゆえ、それを回避しながら世の中をハッピーにしていく美学的判断力が求めらる。

☆それはCEFRそのものである。この基準こそ判断力育成の自己評価のためのポートフォリオとして活用されているのはそういうことだ。

☆まずこの理解が日本の教育現場では、なかなか理解しにくい。形成的評価のトレーニングをやってこなかったであるが、それよりもたとえば、選択肢の問題一つつくるのにも、そこにリベラルアーツ的な科学的判断力を問うトレーニングを教師は受けていない。すべて経験と実績という勘で構築されてきた。

Irt

☆能書きはいらない、行動力あるのみというわけである。ところが、CEFRにしてもOECD/PISAにしてもIRTを駆使し、問いの正当性・信頼性・妥当性を生徒と共有しながら、テストを作成しているのである。

☆このIRTこそ、ヴィゴツキーの最近接発達領域の問題なのであるが、その領域をファシリテートできないのが、公立の現場ではないだろうか。教師の能力の問題ではない。教育学や学習指導要領の問題である。

☆この問題をクリアする前に、65%の学校はこれまで述べてきたように別の形に変わってしまう。もし教育学や学習指導要領のパラダイムがシフトできるのであれば、もっと前からシフトしていたはずである。したがって、イノベーションが起こらないのが65%の学校である。いくらICTや英語を入れても、パラダイムは変わらないのだから。

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